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□春眠暁を覚える
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土方さん誕生日小話。出来てない設定。


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おめでとう、と言われるのが苦手だった。誕生日の一体何がめでたいのか、わからなかったからだ。それは誰にでもあって然るべきもので、自分だけが特別なわけではない。

それでも今までに二人だけ、おめでとう、と言われて嬉しさを感じた人間がいる。一人は今の上司である近藤だ。心から尊敬し護ると決めた男に、豪快な笑顔でそう言われたときは、柄にもなく笑い返して「ありがとよ」と答えてしまった。

そしてもう一人。

今はもう、会うことも叶わないけれど。

















「……くちょう、失礼します」

山崎の声で、土方ははっと体を起こした。机に突っ伏して居眠りをしてしまっていたらしい。最近の激務のせいで、少し気が緩むと瞼が勝手に落ちてくる。しかし真選組副長たる者、部下に居眠りをしていたことを知られては示しがつかない。

「あ、ああ、」

仕事をしている体を装って応えると、部屋の襖が開いて山崎が入ってきた。

「これ、頼まれてた書類です」

「おう」

山崎から書類を受け取り、視線をそこへ落とす。ざっと目を通すと早速誤字を見つけたが、今の土方には誤字を直すよう注意することすら億劫だった。これくらいなら自分で直せる。

「……ご苦労、下がっていいぞ」

「はい」

返事をした山崎はすぐに退室せず、土方の頬らへんをじっと見ている。

「……んだよ」

「副長、休憩して一服でもしてきたらどうです」

「あ?」

「居眠りするくらい眠いんでしょ?だって、ココ」

山崎は自分の片頬を指差した。

「跡、ついてます」

とっさに土方は自分の頬に手をやり、跡を隠そうとしたが「逆です副長」と山崎が言った。

「いやー鬼の副長でも居眠りするんですねぇ。春眠暁を覚えずとはよく言った……」

ヘラヘラと笑う山崎にとたんに腹が立った。一体俺がどんだけテメェらの尻拭いの書類を書いてきたと思ってる(最も多いのは一番隊隊長だが)。

「だったらミントンばっかしてねぇで書類出す前に誤字の一つも直してこいやコラァァァ!!」

「ギィヤャアァァァ!!」


















しかし山崎の言う通り、居眠りをするくらいに疲れていたのは事実なので、土方は巡回がてら外に出た。煙草も切れていたし丁度いい。

土方は、途中の自販機で煙草を買い、隣の喫煙スペースのベンチに腰を下ろして火をつけた。眠気が覚めるよう、煙を深く吸い込んでみるものの、連日の疲労から来る眠気はそう簡単に去ってくれそうにない。土方は顔を上げ、空を見た。下を向いているとまた寝てしまいそうになる。

五月に入ったばかりの空は清々しく晴れ渡って、返ってそれが嫌味にすら思える。こんな日にお前は部屋に引きもって書類とにらめっこなんて、無粋にも程がある、とでも言いたげな空だった。土方はそんな空に向かって「チッ」と舌を鳴らす。視界に広がる灰色の煙で、透明な青がわずかに濁った。

「そんなしかめっ面で舌打ちなんて、また怖がられちゃいますよ」

眠気のせいなのか、その言葉は自分に向けられているのだと気づくのに数秒かかった。少し間を置いて隣を見ると、眼鏡を掛けた袴の少年が、ビニール袋片手に立っていた。あのどうにも勘に障る銀髪のところで働いている少年だ。

「またチンピラ警察なんて呼ばれたいんですか?」

茶化しながら、少年は土方の隣に座る。真っ直ぐな髪が少年が笑うのに合わせてさらさらと揺れる。

「土方さん、もっと笑ってみたらどうです?そんな怖い顔してないで」

「わりぃな、この顔は生まれつきだ」

「誰だって笑ったら、周りは嬉しくなるでしょ、ね?」

言葉の通り、少年はにっこりと笑って見せる。しかしそれでも土方の眠気は引かない。

「……一体どーやって笑えっつーんだ」

眉間を指で揉みながら、土方は言った。

「なんでもいいんですよ、そんなの。犬が可愛いとか、昼ご飯が美味しかったとか、……あ、」

何かに気づいたように、少年は立ち上がった。

「こんなに空がキレイとか」

少年は青い空を指差して、目一杯の笑顔を土方に見せた。その笑顔に釣られて、土方はまた空を見た。

青一色の空の向こう、風になびく色とりどりの魚たちが見えた。

鯉のぼりだ。

「そっか、今日は子どもの日ですもんね」

同じくそれを見つけたらしい少年が、「ああやって並んで泳いでると、なんだか可愛いですね」と言った。

そのとき、思い出した。



『子どもの日が誕生日なんて、可愛らしいのね、十四郎さん』



「今日、……誕生日か」

「え?」

思わず口を突いて出た言葉だったが、少年には聞き取れていたらしい。

「誰のですか?」

「……」

こんな少年に自分の誕生日を教えても仕方ないだろう。そう思って土方は口をつぐんだ。

「もしかして、土方さんの?」

「……だったらなんだ」

しかし少年にはお見通しだったようだ。否定する理由も思いつかず、土方はつっけんどんに答えた。

「えっ、……ええええ!?天下の真選組副長の誕生日が子どもの日なんですか!?」

「……わりぃかよ」

土方は、備え付けの灰皿で煙草を押し消した。立ち上がり、煙草の箱を胸ポケットにしまう。

思ったほど眠気は解消されなかったが、そろそろ屯所に帰らなくてはまたあの手のかかる部下たちが何をしでかすかわからない。

「土方さん、」

去ろうとする土方を少年が呼び止めた。

「じゃあ僕から、誕生日プレゼントです」

そう言って少年は、土方の前に立つ。土方は訝しげに眉をひそめた。

「えいっ」

幼い掛け声とともに、少年の人差し指が土方の眉間を押した。そこを揉みほぐすように、少年は何度か指をぐりぐりと回す。

「……?」

土方が少年の行動の目的を理解できないうちに、少年はそこから指を離した。

「へへへー、笑えるようになるおまじないです。ここに皺寄せてたら笑えないですから」

土方は無意識のうちに、触れられた眉間に手をやった。いつも深く刻まれている皺は、確かになくなっていた。

「じゃ、僕はこれで」

銀さんと神楽ちゃんがお腹すかせて待ってるので。そう言って少年はベンチに置いてあったビニール袋を持ち、駆け出して行った。

遠くなる少年の背中をぼんやり見ていると、少し行ったところで少年は立ち止まり、こちらを向いた。


「言い忘れてましたー!お誕生日おめでとうございまーす!土方さーん!!」


離れた土方によく聞こえるように、少年は手を振りながら大きな声で言った。思わず手を振り返そうとして、慌てて手を下ろした。

そんな様子の土方を見ても、少年は笑っていた。そしてまたくるりと背を向け、走って帰る。


おめでとうと言われたことが、素直に嬉しかった。そう感じるのはもう何年振りだろう。



『おめでとう、十四郎さん』



柔らかく甘く響く声で、祝ってくれたひとはもういない。

だけど。


少年の声が、頭から離れない。



あれだけ土方を悩ませていた眠気は、いつのまにかなくなっていた。












2012.05.05 月見 梅

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