彼らの恋愛事情
□自分でもよくわかんねーけど、好きなんだと思う
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あの補習の一件からオレの中ではずっと、もやもやとした気持ちの悪い何かが渦巻いていた。
大和へは翌日、体調が悪かったので帰った、の一言で何とか事なきを得たわけだが。
(なんでなんでなんで………)
本来なら同性に抱くことのない感情。
それくらいのことはオレにだって分かる。
分からないのは、何故それをよりにもよって、あの大和に抱いたか、ということだ。
大和はこの学校の教師の中じゃ一番若くて親しみやすいし、それに反するインテリな外見で一部の女子には人気らしい。
だけど、それだけだ。
オレが無駄に意識する理由なんてどこにもない。
「なんでだ?」
「どこが?」
疑問が口に出ていたらしい。
その疑問の矛先――大和がオレの前に立っていた。
(あ……そういえば今数学だった。)
今が授業中、しかも数学の時間だということを思い出して慌てた。
「あ、いや、別に。」
どもってしまい上手く言葉にならない。
大和はそんなオレを訝しげにじっと見た後、ちゃんとやれよ、と言って、戻っていった。
オレはそんな大和を間の抜けた表情で見てしまっていたと思う。
いつもならもっと、ネチネチと嫌みを言われたり、怒られたりするのに。
(……ひょっとして、気、使ってくれた?)
ここ数日のオレは周囲からも明らかに悩んでいるように見えるらしく、会う人会う人に心配された。
もしかしたら大和も、そんな明らかにおかしいオレの様子を気にかけたりしてくれたんだろうか。
だとしたらそれは、少なくとも悪い気はしなかった。
我ながら単純なもので、その後のオレはというと、今まで考え込んでいたのが嘘のように、ご機嫌だった。
それは部活でも健在で、いつになくご機嫌でボール磨きをするオレを他の部員が信じられないものを見るような目で見た。
「見たか、潤平。
あの恭都が自分から進んでボール磨きしてるぞ!」
「これは、明日はゲリラ豪雨だな。」
「おっ、じゃあ朝練は無しだな!」
「恭都様々だな。」
こんな風に好き勝手に言ってる奴らもいて、流石に少しイラッとしたので磨き終えたピカピカのボールをそいつら目掛けて蹴ってやった。
「やだ、恭都君たら、こーわーいー!」
気色悪いことを言いつつ避けられてしまったのでオレは渋々ボールを取りにいくことにした。
「お、あった、あった。」
ボールは思ったよりも遠くまで跳んでいて、体育館裏まで取りに行くハメになった。
ボールを小脇に抱えると、何気なく奥の方に視線をやると、人影が見えた。
こんな人気の無い場所で何をしているのか、というわずかな好奇心に駆られて、そいつの方へ歩いた。
徐々に輪郭がはっきりしてきた人影は――
「……大和?」
「ん?なんだ、小泉か。」
大和だった。
しかも暢気に煙草をくわえた。
「此処、一応禁煙なんじゃねぇの?」
「んー、まあ一応、な。」
やけに一応、を強調して飄々と言ってのけたので、なんだかいつもの大和と違うような気がして、変な居心地の悪さを感じた。
「オレらには校則校則煩ぇクセに……」
「まあ、それが仕事だからな。」
「……大人って汚ねぇ………」
あまりにも普通に返されるので、げんなりしてそう呟くと、大和は表情を緩めて、少し笑った。
「俺も昔、そう思ってたよ。」
その"昔"を懐かしむような表情がなんとなく気になった。
「何?結構荒れてたとか?」
そう茶化すように言った。いつものように、怒り気味に否定すると思って。
すると大和は苦笑を浮かべながら、首肯した。
「そうだな。
ああいうのを荒れてた、って言うんだと思う。
今思うと本当にロクなことしてなかったな。」
意外すぎる返答にオレは唖然として言葉が出なかった。
そんなオレに大和はまた苦笑して言った。
「だからお前はそんな風になるなよ。」
その言葉に何故か、言いようのない切なさに襲われた。
「もし……もし、オレがそんな風になったら、どーする?」
何か言わなくては、という思いに駆られたのに、口に出たのはそんなどうしようもないことだった。
そんなオレの言葉に大和は一瞬きょとん、としたが、すぐに悪戯を思いついた子供みたいな笑顔を浮かべた。
「そうだな、とりあえずボコボコにして、目醒まさせてやるよ。」
不覚にもその時、気付いた。
自分でもよくわかんねーけど、好きなんだと思う
(なんで、よりにもよってコイツに!)