短編

嫌いなあなた
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…もう好い加減にしてくれ。


強くなりたい一心で春雨第七師団に入団したのに、私の上司は、仕事はおろか、

任務も真面目にやってはくれない。



上の尻拭いは下がやらねばならないと、誰かに言われた気がする。

どこのブラック企業だよ。


疲れとストレスで、体が悲鳴をあげていた




……でも、一番の原因は、





「…っあぁ……だんちょ…んああっ!」


艦内にある自室は、団の副と団長は隣同士と決まっていて、何を喋っているか、誰とナニをしているか分かるほど壁が薄い。




そのせいで毎日聞こえる違う女の喘ぎ声



他人の情事声など聞きたいわけもなく、迷惑極まりない騒音に悩まされている。




……もう、限界だ。

明日、辞表を出してやる。

このままでは私の精神力と体力がもたない。


そう決心して、もはや日課になりつつある高性能耳栓を装着し、布団に潜り込んだ。



隣の部屋から、最高潮に達したらしい女の声が響いていた。




─翌日


「?なにコレ」

『辞表です』


次の日、トレードマークである三つ編みを結っている途中だった団長の机に、辞表を置いた。



それをみて、きょとんとした表情を浮かべる


心無しか、私より肌がツヤツヤしているのが腹立たしい。



「辞めるの?」

『はい』

「なんで?正当な理由を30字以内に完結に延べてよ」


『情事声、どうにかして下さい』


「却下」

『聞こえるこっちの身にもなれ下さい、眠れねーんです。

あときちんと仕事して下さい』


後者もだいぶ大きなストレスの原因だ。


「あいつらいちいち声デカいよねー。
あ。ナオが相手してくれるなら、俺もナオも満足で一石二鳥?」

『絶対嫌です。
任務の件は無視か、コノヤロー』



フザケた団長の言葉に、私はイライラが募っていく。



『…私より強くて容量のいい部下なら、春雨には山ほどたくさんこんもり居ます。私のいない穴なんてすぐに埋まります』

「ダメったらダメ」

『我儘しないで下さい。
ここにあなたのハンコがなければ、元老に持って行けません』

「行かなくていいじゃん。俺、押す気ないし」

『……』


団長の我儘すぎる一言に、とうとう堪忍袋がぷちんと切れた



『もういいです。辞表出さなくても勝手にやめてやります。』


くるりと団長に背を向け、ばかみたいに広いこの部屋からでていってやろうと出口へ向かう。

ふと視界の端にうつったベッドの乱れたシーツがまた生々しく、余計にカチンときた。


「そんなことしたら、春雨に命狙われちゃうよ。」

『あなたの情事声を毎日毎晩、聞かされるよりマシです』


「俺が今すぐにでも殺してもいいよ?春雨の敵は俺の敵だ。」


ぞくりの私の肌を撫でた殺気に、ぴたりと歩む足をとめる。


…彼はきっととてもいい笑顔をむけてるんだろうな。

振り向かなくても声色でわかってしまうのはそれほど近く、彼の隣に長くいた証。腹立たしいが。


団長の強さは、嫌というほど知っているし、どれだけ戦闘に対する欲が強いのかも理解している。



正直、春雨を敵に回すより面倒な男だ


団長のほうに体をむければやはり彼はにっこりと笑っていた。



『…私を殺すよりもハンコを押すほうが簡単でしょう?』


「女でありながらも、春雨きっての戦闘部隊第七師団の副団長にまで上り詰めたナオと、手合わせしてみたかったんだよね」


本当、この人の夜兎の血は煩わしい

呆れたようにナオは溜息をついた。


…きっとこのセリフだって、三割はわたしを引き止めるための冗談で、残りは本気だ。


『あなたと戦うより、元老に団を移してもらうようお願いしてきます』


苛立ちを見せつけるように団長の机までもどり、置いた辞表を再び手にとって破いてからゴミ箱へ捨てた。

…これが通じなければ、団長と戦うしかない。私だって長年、この男の闘い方、身のこなしを近くだ見てきたのだ。勝てることはできないにせよ、隙をついて逃げることはできるはず。

戦う決意を固めながら、元老のもとへむかうため再び身を翻した。





…が、団長の手が私を掴んだ。


『…離してください』


「いいの?
他の団、女がいないから、ナオが入ってきたらエロイ目つきで舐めるように見られちゃうよ?」


何を言いだすかとおもえば、他の団に移ったときの起こりうる事態をあげはじめた。


その可能性は否めないが、夜は自室にこもってしまえば今の状況よりマシなはず。


「団長権限でセクハラ紛いの事、されちゃったりするかもよ?」


それは今の状況となんらかわらない。
もはやこの人以上に堂々とセクハラをするやつなんて…


「まぁ、他の団にいようが俺はナオに会いにいくよ。任務中だろうが、ごはんを食べていようが、」


腕をひかれ、グッと距離が縮まる。


拒む隙を与えないうちに私の腰に手を這わせ、耳もとに口を寄せた。

さらりとピンク色の髪が頬に触れる。




「夜だろうがね」


ふ、と耳に息がかかって体がビクッと跳ねた。

それを可笑しく笑うかのように、彼の手は私の腰を優しく撫でる。


…これはセクハラで訴えられる案件だ。

夜という言葉にこめられた意味。
考えたくもないが、彼のいう夜は想像がつく。これも長年、部下を務めていた証。ほんと腹立たしい。


私はひとつ、大きなため息をついて団長を振り払った。




そして、この部屋から出て行こうと、扉に手を掛ける。



「ナオ、ドコいくの?」





『自室に戻ります!神威団長!!』


他の団にいけば彼のセクハラが増すだけでなく、付き纏われるというストーカー行為まで追加される。

これでは自分のプライベートもあったようなもんじゃない。あまりにもデメリットがありすぎる。


結果、現状維持が一番だ。



「これからもよろしくね、ナオ」


楽しそうに手を振る神威がとても腹立たしく、ギッと睨みつけたあと、壊れてしまえ!と勢いよく部屋の扉を閉めてやった。



神威は、私が出て行ったあとも至極楽しそうにケラケラと笑っていた。





fin.


( キミに辞めてもらうと俺が困るんだよね )( あの男、団長から引きづり落としてやる )




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