異世界的彼。

□第2話
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『いやいや…なんなんこれ…』


目の前にいる美少女と目を合わせながら、独り言のように口から溢れた。


恐らく死んだであろう私。

交通量の多い交差点に、ノンストップ下り坂道からチャリで突っ込んだのだ。それは間違いない。

しかし、愛してやまない漫画のヒロイン神楽ちゃんにクリソツな美少女が、これまた定春にクリソツな巨大犬とともに、何故か川で寝ていたびしょ濡れの私を見下ろしているのだ。


いやいや、入ってくる情報量が多過ぎな。処理できんわ。オーバーヒートだわ。


…この状況、誰か私に10文字以内で説明してくれ



──第2話




「おねーさん私と会ったことアルカ?なんで私の名前知ってるネ」


『ハゥアッッ…!!』


自分の状況が掴めず、呆然としていた私を見つめながら、こてん、と首を傾ける神楽ちゃん鬼可愛ぃい!!!なんて悶えてる場合ではなかった。


そうだ。

混乱している場合じゃない。思わず初対面の人の名前叫んじゃったよ。


どうする、なんて言うべき?

いや待て、その前に本当にここはどこなの?なぜ私はここに寝てた?自転車は?携帯は?財布ハーーーーー!!!!!



完全にパニックである。


頭を抱えアワアワするびしょ濡れ女を見ながら、美少女は今度は逆に頭をこてん、と傾けた。かわいっ。



「本当に大丈夫アルカ。見るからにパニックしてるヨ。変な格好だし、目ん玉ギョロギョロしてるし一旦深呼吸するネ。ハイッ!」

『は、は、ハイッ!スーーーハーーー!!』


美少女は橋の上から真似しろと言わんばかりに両手を大きく振って深呼吸してみせた。


釣られて私も大きく手を振り、深呼吸を繰り返す。


…あ、なんか落ち着いてきた。。。

最後に深く息を吸って、肩も頭も落とすくらい大きく息を吐いた。橋の上から「手の掛かるお姉さんネ」なんて声が聞こえた。全くだ。


───いやいや、これマジ現実か。

深呼吸で落ち着いたとはいえ、自分の置かれたこの状況を何度も反芻し、辿り着いた結果はアレだ。寝る間も惜しんでネット上でサーフィンして漁ってた二次創作のあの、アレ。


『…アホか……』


状況証拠的に間違いない。

だがしかし、気持ちが、頭が、全くソレを認めてくれないのだ。

ヤベ────…すげーよ、二次創作夢主。
なんであんなにアッサリ順応できんだよ。推しに会えた尊いなんて思えねーよ。

どう考えたって再現度の高いレイヤーとしか・・


チラリ、と神楽ちゃん似の美少女を一瞥する。


「?落ち着いたアルカ?」

いや、本家…!!!!

見た目だけではない、口調から声から、まんまだ。中の人なんていない。


私の目の前にいるのは、神楽ちゃんなのだ。


ぬわぁああと叫んでしまいたい声を抑え、抱えていた頭を更に掻きむしった。

どうやら私はトリップ夢主になれる器ではないらしい。

いや、しちゃってるんだけど。
てかトリップなんてできるんかィイイ!!!


───とりあえず、落ち着け。

どうにかこうにかこの場を乗り切る。そうだ。まずは衣・食・住の確保だ。それから考えよう。


夢主だからって、この世界の主要キャラが、私に、無条件で無益でそれらを提供してくれるなんて思い込むのはあまりにもリスキーだ。

何故なら私の知る夢主は、皆美少女だとか剣士だとか無敵とかチートなのだ。たまに例外でモブ顔いるけど。その人たちもどこかしら秀でたものがあるのだ。

それに比べてどうだ私は。

ずぶ濡れ、寝間着、平均顔の不審者だ。私が異世界の住人なら声を掛けることさえ憚れる。よくて辻斬りにあって殺される、悪くて餓死だ。待ってるのは死のみ。ハードモードすぎか。

私は、生きる術は自ら勝ち取る努力型夢主でなければならないのだ、、!!


『ゴホン…ご、ごめんなさい。落ち着いた。わたし、怪しいものじゃないです。』

「十分怪しいネ」

撃沈!!!!

話しベタか!!!落ち着いてェエエ私!!!


『か、神楽ちゃんの名前を知ってたのは、実は知り合いから、万事屋の話を聞きまして依頼したいなーって…それで…』

「おねーさん、お客さんだったアルカ!でもなんでお客さんが川で寝てるネ」

『…帰り道が、分からなくなって。それで、気付いたら私、ここで寝てました……』


我ながらとんでもなく苦しい理由だが、嘘ではない。5割は真実だ。


元の世界への帰り方なんて一人じゃわからない。

だから、この世界について知るのが一番手っ取り早い気がする。この世界の主要キャラである彼らの側にいれば、最短ルートかつ高確率で元の世界へと帰れるはず。と、私の夢小説的全知識が言っています。


「ナルホド…大体の内容は分かったネ。それじゃあ早いとこ銀ちゃんのとこ行くアル。

私が連れてってあゲルヨ」


そう言った神楽ちゃんは、「おねぇさん、川からいい加減出ないと通報されるヨ」と話しながら定春と共に、橋の上から私の近くへと降りてきてくれた。


キタキタキタァアーー!!!!

私はなんとか、第一次窮地を脱出できた様で。ホッと胸を撫で下ろした。

…設定を細かく考えておかないと。どこでボロが出るか分からんぞこれは。努力型夢主はいつ何時でも、細い吊り橋を渡っているようなもんなのだから。ちょっとの油断で死神とこんにちは、だ。

知らない世界で、ひとりぼっちでお腹を空かせて死んでいく自分を想像し、ぶるっと身震いした。

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