アリスと暴君兎

□破壊されたドアと男と女
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「やっだも〜〜憂にこんな素敵な彼氏が居たなんて、も〜〜お母さんやっだ〜〜」

『だっから、彼氏じゃねーって言ってるでしょ』


突撃御宅訪問してきた神威の横で味噌汁をすすりながら、この攻防もいい加減面倒臭くなってきたな、と思った。


つーか何でこいつちゃっかりお家に上がってんの。

つーか何で私んち知ってんだよ。


私の隣でテンション上がりっぱなしの母と、ニコニコと会話をする男に聞きたいことは山ほどある。でも私は学んだのだ。この男に私の常識は通じない。教えてもいない私の家を調べ上げ、乗り込み、彼氏と名乗るのは、この男にとっては"普通"のことなのだから。聞くだけ時間の無駄。


「憂、ひさびさに俺の顔みれて嬉しいよね」

『一ミリも嬉しくアリマセン。あんたの顔みるのは学校だけで十分だわ』

「照れ屋さんだなぁ」

「も〜〜すぐ照れて毒吐くんだからぁ〜〜」

「さすがお母さんはよく分かってるなァ」

「この子ね、いっつもそうなの!!ツンデレっていうの?も〜〜可愛くない子でごめんなさいね〜〜」

『なんだこいつら、めんどくせぇ』


人の話を見事にポジティブ変換できる男と、人の話を聞かない母。一人でも十分メンドくさい奴らが、この狭い空間に二人もいるだ。どう足掻いたって私に勝ち目はない。


味噌汁を飲み干して、残った最後の唐揚げに手を伸ばすも、

私の箸は持つ手は、私よりふた回りほど大きな神威の手に捕えられた。大して高くはない身長と細い体つきなのに、こいつの手は一瞬ドキッとしてしまうほど男らしい。


『…なに』

「あれ。少しだけ脈速くなった?」

『…この手を握ってるのが云ちゃんかと思うと、ドキドキしちゃて。』

「今すぐあいつ、ほろひにいはなひゃ」

『この野郎ォオオオ!!!最後の私の唐揚げどさくさに紛れて食べてんじゃねェエ!!!』

「お母さん、美味しかったです。ご馳走様」

「そう言ってくれると作り甲斐あるわぁ。またいつでも食べに来てネ☆」


私のために作ったんじゃねぇのかよ。

神威にバチッとウインクを決める母に心の中でそう毒づきながら、空っぽになった器を重ねシンクへと片付ける。

あいつ私の唐揚げ殆ど食べてやがった。よく考えたら私二つしか食べてないわ。チクショウ。


食べ物の恨みは怖いんだ、、ん?
てかあいつ、何しに私んち来たんだ。


『神威』

体をシンクにむけたま頭だけを神威に向けて声をかければ、

ピンク色のアホ毛をぴょこんと揺らし、「ん?」とこちらに顔をむけた。

真っ直ぐな瞳が私を捕らえる。


中身は完全に、ヤベェ奴だけど、見た目に関しては文句のつけようがない。強いて言うなら身長だな、うん。

…本人に言ったら確実にそれ以上のダメージを喰らわせられるから絶対言わないけど。


心の中で毒突いたことを悟られない為か、格好良いと思ってしまった恥ずかしさからかは分からないが、目を逸らし体勢を元に戻してから神威に背を向ける形で話しを続けた。



『今日何しにきたわけ?わざわざ私んちまで』


茶碗に付いた泡を水で洗い流す。

勢いよく出る水が、泡と私の手の温度を奪っていく。冬の皿洗いはこれだから苦手だ。


流し終えた食器を食器乾燥機に並べ、食洗機が欲しいなぁと考えながら、水を止めようと蛇口に手を掛けた。



『ぅわっ』

横から伸びてきた腕が、私の手に重ねるようにして蛇口をひねった。


それと同時に感じる背中への熱。



『ちょちょちょちょ、何をしてるんですかね』

「え?」

『え?じゃねぇ、このアホ毛。』

「憂を後ろから抱き締めてる?」

『いつから私とあんたは抱き締めるられる関係になったんだ。離せ』


神威は、私の腰に手を回し、もう片方の手で私の右手を掴んでいた。測れるほどの隙間はないんじゃないかってくらいに、ピッタリと私に密着していて、ダイレクトに神威の熱が伝わる。


「もう皿洗い終わった?」

『ひぃ!みみみ、耳元で喋んないでくれませんか!ひぃい!』

「憂、耳、敏感なんだ。へぇ」

『ひゃわわわー!!!ちょ!遊んでるで、ひっ!!このっ!アホ毛!!』


私が暴れないよう右腕と腰をガッチリ掴み、わざと耳元でウィスパーボイスで話しだした。ほんとタチ悪い。

あまりのこそばゆさに、アホ毛の文句しかでてこない。どんだけ動揺してんだ私は。神威ごときになんでこんなに焦らなきゃならいんだ。

空いた左手の可動域をフルで活用して、て三つ編みをこれでもかっというくらいに引っ張ってやれば、「いたたた。もー色気ないなぁ」と耳元から距離を取った。


しかし、後ろから抱き締めることを止める気はないようで。私から離れる様子は全く見られない。


『あの、神威さん?』

「手冷たい。皿洗いのせい?氷みたいだ」


重ねられた手から、熱いくらいの神威の温度がジンワリと伝わった。その熱があまりに心地よくて、つい、拒否の言葉を飲み込む。

冷えてしまった手が、神威によって熱を与えられていく。

極寒のなか、ポケットに忍ばせた暖かいカイロをにぎるようななんとも言えない心地よさ。


…暴力団予備軍と言われる春雨の第なんとかだんちょーの手がこんなに暖かいなんて、誰も思わないだろうな。

ほんとこいつのギャップはとんでもない武器だ。



「憂、今日は暇でしょ?」

ぼーっとしすぎて、神威の言葉にワンテンポ遅れて反応した。


『き、きょう?』

「どうせ家で三度寝でも四度寝でもするつもりだったんだろ。」

『そ、そんなこのありまへんがな、(大正解)』

「暇みたいだね」


私の今日の予定をニッコリと笑いながら言い当てやがった。くそう、これも春雨による情報か。そんなことまで分かっちゃうのか春雨。おそろしや。


「食べ終わった食器をすぐに片付けちゃう憂のそういうとこ、好きだよ。汚れたお皿の山ができちゃう俺とは正反対だね。結婚しよっか」

『毎日俺の皿を洗ってくれないかってか』

「ついでに俺の夜の世『人の母親の前でドエロい発言すんじゃねェエ!気まずいわ!!!!思春期だわ!!!』

「やっだもう、お父さんが聞いたら卒倒しちゃうわね!あ、神威くん私は全力で応援するからね!」

『するな!!!!』

もうこの二人の相手するだけでゲッソリだ。私一人じゃ無理。だれか阿伏っちゃんよんできて。

「そんなとこ突っ立ってないではやく準備してこいよ、ノロマの愚図」なんて神威から言葉の暴力を受け、渋々、嫌々、仕方なく出掛ける準備を始めた。勿論部屋に入ってこようとした神威を全力で阻止しながら。



『───って、何処行くの?一体』

部屋にキッチリと鍵をかけ、着替えをしながらドア越しの神威に問いかける。先程までしていたドアノブをガチャガチャしていた音が止んだということは、彼はようやく入ってくることを諦めたらしい。

──本気で入ってこようと思えば鍵の掛かったドアなんて一撃でブチ壊せるだろうな。

けど、それをしないのは神威がふざけているだけの証拠。だから私は安心して着替えられる。そんな状況の自分は、初対面の頃に比べて、随分神威という男に慣れたものだと、つくづく思い知らされた。


『おーい、神威さーん?』

問いかけても彼の返事が返ってこない。

ドア越しに彼がいるのはなんとなく、気配でわかる。なのに返事がないのは意図的に無視しているということになる。

全力で部屋への立ち入りを拒否ったことにむくれているのか?

そんなことを考えながらも上を着終え、ベッドに投げ捨てられているジーンズを手に取ったとき、


「・・8、7」

微かに聞こえた神威の声


『え?なんて??』

上手く聞き取れず、聞き返しながら両足をジーンズにいれ終えて、腰まで引き上げた時だった。


バキン!!!
「はい、時間切れ〜〜っ!」


扉をあけて、ニコニコとこっちを見る男

驚きすぎて、私はズボンのチャックに手を掛けたまま「は?」という声を発し、目を点にすることしかなかった。


「ありゃりゃ。ズボン着終えちゃったかぁ。もう少し早く開けるんだった」

ケラケラ笑いながら楽しそうに話す男の声を聞きながら、目の前の出来事をようやく理解した。

ズカズカと私の部屋に入ってくる男を視界にいれながら。

ジッと勢い良くチャックを閉めたのと、神威が私の目の前に来たのはほぼ同時。


「ほら、もう一回。脱がして

『弁償じゃアア!!!このクソ宇宙人がァアア!!!』


ゴツッと、矢沢家にどこかで聞き覚えのある鈍く大きな音が響いた。




破壊されたドアと男と女

「ちょ、ぇえ!?憂!?え!??」

「ノビてるだけなのでご心配なく。そのままいってきますね。
遅くならないうちに帰しますので」

「いや、ちょ、いってらしゃ〜い・・・神威くんも憂も、一体いつタンコブ出来たのかしら」




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