Get

□お年玉企画SS
1ページ/4ページ



愛初め

「お、お待たせしました」
 千鶴が期待と不安に胸をドキドキさせながら声をかけると、待合室のソファに座り、興味なさそうにぱらぱらと雑誌をめくっていた原田が、「ああ」と顔を振り向かせた。その琥珀の瞳が少女の姿を捉えた瞬間、驚いたように軽く瞠られる。
「千鶴・・・・・・」
 いささか呆然としたていで立ち上がり、名を口にしたものの、それ以上の言葉が出ないようだった。
 薫と一緒に暮らすようになってから―――――それと同時に、原田が千鶴のボディガードになってから、一緒に過ごす二度目の新年。少女は兄や原田のすすめに従い、今年は振袖を着ることにしたのである。以前は高価なものだからと、仕立てることを強く固辞した千鶴だったが、南雲財閥当主の妹である以上、振袖の必要な社交場への出席もあると押し切られ、けっきょく一から仕立ててもらうこととなった。
「あ、あの・・・・・・あの・・・・・・、ど、どうでしょう、か・・・・・・?」
 千鶴はかろうじてそれだけは口にしたが、あまりに上等な振袖に気おくれして、どうにも顔が上げられない。
 少女が身にまとうのは、シックなえんじの地色に、白、淡いピンク、薄紫で描かれた桜や梅の花が、美しく艶やかに咲き乱れる振袖だった。暖色系のぼかしが上品さを醸しつつ、ところどころ花の中に配された毬が、とても愛らしいアクセントとなっている。
 友人の千姫に紹介してもらった、ビューティーサロンの人気アーティストの手によるヘアスタイルは、軽いカールをかけた髪を高い位置でゆるくまとめ、ウェーブを生かすように、顔の左側に一房たらして、大人っぽさを演出していた。その一房の髪に添うように、縦に垂れるようなデザインの、白い花飾りがつけられている。真珠のように光沢のある生地で作られ、清楚なイメージの白にもかかわらず、色々な花を束ねたブーケのように華やかだ。贅沢に使われた七色に輝くビーズが、動くたびに煌いている。
 たとえそれがカジュアルな普段着であっても、千鶴が新しい服を着たり、少し気の利いたコーディネイトをしたりすると、原田は目ざとく気づき、よく何かしらの声をかけてくれる。今日のこの晴れ着姿には、いったいどんな言葉をかけてくれるか、少女が俯き加減にもじもじしながら待っていると、聞こえてきたのは、長く深い吐息であった。

――――た、溜め息つかれるなんて・・・・・・!

 そんなに似合ってないのだろうかと、千鶴が涙目になりかけたとき――――、
「なんつうか・・・・・・綺麗過ぎて、言葉もねぇよ」
 戸惑い気味に、ぽつりと呟かれた。
 びっくりして思わず目の前の原田を見上げる。珍しく顔を赤らめた彼は、照れくさそうに視線をはずしながら、しきりと首の後ろをこすっていた。
「悪ぃ。せっかくお前が振袖着てくれたってのに・・・・・・気の利いたこと一つ言えなくてよ」
「そ、そんな・・・・・・」
 それはそれで、頬が熱くなるような言葉だ。原田のみならず少女までが照れてしまい、二人ともわずかに頬を紅潮させ、向かい合ったままとなる。だがすぐに、千鶴は原田に左手をそっと取られた。
 ほっそりとした薬指に光るのは、自分達の将来を約束する指輪。
「ちょっとだけ、もったいねぇ気もするな」
「え? ・・・・・・あ、ゆ、指輪     」
 昨年のホワイトデーに贈られてより、およそ十ヶ月。やっぱりまだ学生の自分が貰うには、婚約指輪というものは、あまりに高価なものだと思う。
「そ、そうですよね。高校生が身に着けるには、不相応に過ぎるものですよね」
「そうじゃねぇって。だいたい本音を言えば、学校に行く時だって嵌めて欲しいくらいなんだぜ」
「え、ええ!?」
 笑いながら勘違いを指摘され、おまけに握られた左手指先へと、愛おしそうに口づけまでされた千鶴は、顔から湯気が立ち上りそうなほど真っ赤になる。
「さ、さ、左之助さんっ・・・・・・!?」
「俺がもったいねぇって言ったのは、お前のその振袖姿だよ」
 原田は少しだけ困ったような笑みを浮かべ、愛する少女の艶姿を惜しんだ。
「早くお前と夫婦になりてぇのは山々だが、そうするともう、振袖は着れねぇだろ」
「あ・・・・・・」
 確かにそのとおりだ。せっかく仕立ててもらった美しい高価な着物なのに、卒業後に結婚する少女にとっては、それまでのわずかな間しか着られない。
 温かい大きな手が、そっと千鶴の頬に当てられる。眩しそうに自分を見つめる、琥珀色の眼差しの奥に、少女は陽炎のようにゆらめく欲望を見た気がした。その情熱の炎が激しくはぜ、己へと飛び火したかのように、身体の奥底から熱い疼きが生じてくる。
 淡い色合いのローズ系ルージュをのせた、千鶴のみずみずしいふっくらとした唇が、喘ぐようにわなないた。沈黙に耐えかねて何か言おうと思うのに、何を言えばいいのか、しだいに強くなってゆく疼きに邪魔され、まともに考えることすらできない。

―――――口づけして欲しい・・・・・・





.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ