short story2

□温もり
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雪村の地────…


チュンチュン、と鳥の鳴く声が耳に届く。
その声に起こされた沖田はボーとした頭で先程まで腕の中にいた筈の愛しい人物がいないことに気が付いた。


ムクッと起き上がり、着なれた着物を軽く整え、袖に手を入れながら愛しい彼女の温もりを求め、捜しだす。


雪村の地に来てからというもの、彼女を求められずにはいられない。


いつでも、どこでも片時も離れず、ずっと、ずっと一緒にいたい…


寂しい、不安などと言葉を簡単には言い表せない。
彼女と自分は今では一心同体とも云えるほど終始共にいる。


おそらく、仲間たちが今の自分達の関係を見たら、きっと凄い顔をするだろう。
平助辺りなら、こんな自分達を見たら真っ赤な顔をして『離れろ!』と千鶴との密着を許さないだろう。
懐かしい面影を想いだし、クスっと口を綻ばせた。


そんなことを考えながら一歩一歩、歩みを進める。
彼女が何処にいるかは安易に予想はつくが、やはりその愛しい姿を確認するまでは落ち着かない。




◆◆◆


勝手場────…


グツグツと何かを煮ている音、良い香りがこちら側に漂ってきて、急激に腹が空く。


だがその前に漸く探していた、愛しい人の小さな後ろ姿が忙しなくクルクルとよく動いているのが見えた。


愛しい人物…────


それは、この雪村の地の主。
雪村家、最後の生き残り。


沖田の妻となった千鶴。


彼女が勝手場で作業をしている姿は屯所時代からいつも見ていた。


しかし、あの頃と今とでは勝手が違う。


あの頃の千鶴は常に男装。
現在は彼女本来の元の姿、自分と合わせて、とても似合う女物の着物を着ている。


そして…沖田の妻となったのが一番の違いだ。


誰に祝って貰ったわけでもないが、2人が良ければそれで良い。


自分のために頑張ってくれているその愛らしい後ろ姿につい微笑みが浮く。
充分にその姿を堪能した沖田は千鶴に話しかける。


「千鶴、おはよう」


「…!!そ、総司さん!おはようございます」


後ろから愛する夫に突然話しかけられ、一瞬驚いたようにビクッと肩を震わせた。
だが、直ぐに沖田の姿を確認して千鶴は嬉しそうに微笑む。沖田も千鶴に笑みを返す。


「お早いですね」


「うん。目が覚めちゃった」


「そうだったんですね。あっ!」


沖田が起きるのが予想外に速く、仕度を早くしなくちゃっ、と更に速度を速めようと元の方向に戻る千鶴。


「総司さん、ごめんなさい。もう少しで出来上がりますからそちらで待ってて下さっ…!!」


千鶴の言葉が途中で途切れた。
それは何故かと云うと…。


突然背後から沖田に後ろ姿をギュッと抱きしめられたからだった。
沖田の逞しい胸元、前に回され自分とは異なる男らしいが優しい腕。
朝から熱い抱擁をされては、千鶴が焦らない筈がない。


「そ、そそ総司さん…!?」


「千鶴、“そ”が多いよ」


千鶴のあまりに凄い動揺に思わずクスッと笑みが溢れる。
何度抱きしめても慣れないらしく、毎度真っ赤になってしまう。
だが、それがまた初々しく愛しい。


「あ、あの…総司さん…」


「千鶴、そんなに急がなくても僕は君のためならいつまでも、ずっと待っていられるよ」


「は、はい…」


「だからゆっくり作って」


「わかりました…────…あの、総司さん?」


「ん、どうしたの?」


「その…放して下さらないと…朝餉の仕度が…」


腕ごと沖田に抱きしめられ小柄な千鶴は身動きが取れない。


「何?僕に抱きしめられるのは“イヤ”?」


「えっ!?そんな事…ないです…」


「なら、このまま」


「で、でも朝餉が…」


「だ〜め、離さない。勝手に僕の腕から逃げたバツだよ」


「えぇっ!?そ、そんな…」


更にギュッと沖田の腕の力が強まる。
沖田の顔が千鶴の耳元に触れ、熱い息がかかる。
それだけで千鶴は赤い顔をさらに熱くする。
そしてわざとらしく耳元で優しく、甘く、囁く────。


「…君をずっと…ずっと感じていたい。君の温もり…柔かさ…香り…僕の腕の中にずっと閉じこめておきたい…」


「そ、総司さん…?一体どうし…」


「君の事が好きすぎて離したくない、って事」


「…っ!!な、なっ…」


「千鶴、好きだよ…大好き、だよ。離したくない…」


「…っ!!…そ、その…」


「…君は?僕をどう思っているの?君の、その可愛い口から想いを聴きたいな」


体をクルッと回転させられ、向き合う形になり、千鶴は真っ赤な顔をして沖田から顔を背ける様に俯いた。


「千鶴…」


沖田の心地良い温もり、優しく名を呼ばれ、その声にドキッとして千鶴の口からも自然と想いが溢れる。


「…私…私も…好き、です…。総司さんが…好きです、大好きです。…あ、愛しております…」


恥ずかしさからか、大きな瞳は潤み、頬からは熱が感じられる。
その眼差しが…全てが、愛しい。


千鶴の形の良い唇からは自分への熱い想いを告げ、その愛らしい唇に、今にも口づけたくなる。


「…千鶴…ありがとう…僕も愛してるよ…」


「総司さん…」


沖田と互いに想いを告げ、抱きしめ合う。千鶴は恥ずかしさが体から抜けきらず、沖田の胸元に顔を埋めた。
千鶴の耳元には沖田の心音が心地よく伝わってくる。
それに安堵して火照った身体を沖田に預ける。




「じゃ、朝から愛し合おうか」


「はい………っえ!?」


心音を心地よく聞いていた千鶴の耳を疑う言葉が降ってきた。


「うん!いつになく良い返事。ほら、行くよ」


「えっ…そ、総司さん!?じょ、冗談ですよね?嘘、ですよね!?────」


まさか朝からそんな言葉を投げかけられるなどと驚きから頭が働かない。
そーっと顔を上げると、満足げに沖田は笑みを浮かべている。


「あはは。僕はいつだって本気に決まってる。夫婦なんだから当然でしょ。今、愛を確かめ合ったんだし。次は身体で確かめ合わなくちゃ。
それにしても、朝から愛し合えるなんて、幸せだなあ〜」


「えっ…ふえぇーー!!」


嬉しそうに口元に三日月を作り、微笑む沖田。
火は消され、慣れた手つきで抱き上げられる千鶴。


そして、チュッ、とおでこに優しく口づけを落とされ、眩しく微笑まれてしまえば千鶴に抵抗など出来るはずもない。


「総司さん……その…や、優しく、して下さいね…」


「…!!もう可愛いなあ。…千鶴、愛してる」


沖田の胸元に恥ずかしそうに顔を埋めている千鶴の額にもう一度口づけを落とし、夫婦の愛の巣へと向かうのであった。






その後────…


千鶴の恥ずかしそうな声が雪村の地に響くのであった────…





.


end
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