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□千鶴ちゃんの災難
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ーーこれは雪村千鶴が
『私立薄桜学園』に入学するために受験テストを受けに来た時の出来事。
キーンコーン…
カーンコーン…
鐘の音が学園になり響く。
千鶴は、ホッと息をつきシャーペンを机に置きテスト用紙を眺めた。
周りの受験生も同じくペンを置き伸びをしたりしていた。
「…では前に回答用紙を回してください」
眼鏡をかけ白衣に身を包む、優しそうな人物の声色が教室に響く。
「皆さん、お疲れさまでした。
後一教科ですね。頑張ってください」
優しく微笑みテスト用紙を回収する。
教壇から降り、教室から出ていこうとした時、あっ、と何か言い忘れたかのようにもう一度受験生達に視線を向ける。
「…もし、具合が悪くなりましたら是非保健室までいらっして下さい。栄養ドリンクなどありますので」
クスッと意味深に笑う保健医の山南敬助。
口調だけでなく物腰も優しいのだが何故かキラーンと妖しく光り輝く眼鏡。
笑みの裏にはまるで何か企んでいるかの様だ。
山南が出ていった後受験生達は、次の試験まで空き時間があったため、勉強の予習を始めたりする者や落ち着きがなく緊張する者など様々だった。
千鶴は緊張してか席を立ち教室のドアを開け廊下へと出ていった。
「うっ、寒い…」
暖房の入っている教室とは違い廊下はひんやりとしていた。
少し緊張を解そうと学園を歩くことにした。
◆◆◆
少し歩いた所でそろそろ戻ろうと思い辺りを見渡すと自分が何処から来たのか分からなくなってしまった。
千鶴は極度の方向音痴なのだ。
試験の時間まではまだ余裕があるがまさか迷子になるなんて、と焦りだしキョロキョロとして走りだした。
角を曲がったその時、ドンっと何かにぶつかってしまった。
「きゃっ」
思わず口から小さな悲鳴が出て、目を閉じた。
ぶつかった勢いに体勢を崩し、転んでしまう、と痛みを考えていた。が、一向に千鶴に痛みは感じられなかった。
代わりに何故か腰に温もりを感じた。
恐る恐る瞳を開けると、そこには金の髪に赤い瞳、白い学ランに身を包んだ男が自分を抱き締めるかの様に支え、見下ろしていた。
「何故、こんな所に女がいる」
低い声にゆっくりした口調。
鋭い眼差しに千鶴は瞳を反らせなかった。
「……」
「おい、聞いているのか?女」
驚きのあまり返答のない千鶴に苛立つ。
「あっ、はい、すみません…っ!!」
訝しげに自分を見る人物に抱き締められたまま、はっと我にかえる。
気が付くと自分とこの人物の密着している距離が近すぎて千鶴は赤面し慌てる。
しかし相手は気にもせずそのまままた尋ねてくる。
「ここは男子校の筈だが何故お前のような女子供がいる」
「わ、私は今日試験を受けに来たんです!…はっ離してくださいっ!」
「試験…。ほぅ…」
にやっと不敵に笑い、まじまじと千鶴の顔を見つめる。
どうにか離れようと必死に逃げようとする千鶴だが男の力には敵わない。
「名はなんという」
「えっ…」
「名前は何だと聞いている」
男慣れしていない千鶴は、この恥ずかしい状況で名前を聞かれ、相手が苛立っている事に必死になる。
「ふっ、普通、人に名前を尋ねる前に自分から名乗るのが筋だと思いますっ!」
きっ、と相手を睨み付ける。
だが全く怖くなく、寧ろ子猫がムキになっているかのようだ。
その様子にまたも笑みを浮かべる。
「ふっ。この俺に意見するとは。良い度胸だ。…風間千景だ」
千鶴の態度が気に入ったかの様に名を素直にいう。
「…ゆ、雪村千鶴です…」
「雪村…千鶴…か。ふっ、気に入った。我が妻にしてやろう」
「へっ…?」
『妻』といきなり言われ意味が分からず変な声をあげる。
「だから嫁にしてやると言っている」
ぽかーんと自分を見つめている千鶴にもう一度言う。
「ぇえーー!!!」
「そんなに嬉しいか」
「ち、違いますっ!」
ふっと笑い、戸惑っている千鶴の顎を上に向ける。
「やっ、やめてくださいっ!」
「恥ずかしがることはない」
嫌がっているのに勘違いをし、全く人の話を聞いてない。
千鶴は目に涙を溜め、ギュッと瞑り、もうだめっと思った。
「おい、こんなところで何やってやがる」
その時、低い声が後ろから聞こえた。千鶴は閉じていた瞳をゆっくり開け、声の主を見た。
黒い髪に紫色の瞳そして美しく整った顔立ち。
スーツ姿に煙草を加えて、不機嫌な顔をしていた。
その人物に風間もむっ、と不機嫌になる。
「ちっ…」
「嫌がってるじゃねえか、離せ」
「我が妻に何をしようが土方、貴様には関係ない」
「つまー!?」
土方はジロッと風間に掴まっている千鶴を見ると目が合い、瞳には若干涙が溜まり、助けてください、と語っていた。
「ち、違いますっ!この人が勝手に」
頬を朱色に染め泣きそうになる千鶴。
土方はその様子を見て、はぁっ、と深いため息を吐いた。
「本人が違うって言ってるぜ。離してやれよ、風間」
「………」
面白くなさそうな顔をし、腕の力を緩める。土方は解放された千鶴を自分の後ろに隠す。
「…土方、覚えておけ」
風間の赤い瞳が土方の目を睨み付ける。土方も負けじと風間を睨み付ける。
「……我が妻、雪村千鶴、お前も覚えておけ」
「つ、妻じゃありませんっ!」
ぷくっと頬を膨らませムキになる千鶴を楽しげに見て、風間はその場から去っていった。
「…はぁ…」
「おい、大丈夫か」
「は、はいっ!あの、ありがとうございました」
落ち込んだ顔を上げ、ペコッと土方に御礼を告げる。
土方が来てくれなかったらどうなっていたことやら…と不安な顔をする。
「お前、今年の受験生だろう」
「はっ、はい!雪村千鶴と云います」
「土方歳三だ。
…全く、早々風間なんかに目付けられやがって…」
「すみません…」
「あ、いや、別にお前が悪い訳じゃねえよ。だがあいつには気を付けろよ」
はぁ、とどう気を付けたら良いのだろうと困る。
「おい、ところでもうすぐ最後のテストじゃねえのか?」
えっ、と驚き腕時計を見ると開始時間まで後少しだった。
千鶴は、オロオロし出し自分が来た場所が分からず泣きそうになる。
「ったく。着いてこい」
その様子を見て迷子と悟り、グイッと千鶴の手を引っ張り連れていく。
「どうせ場所わからねぇんだろ」
「うっ…はい…」
恥ずかしそうに俯き土方に必死に着いていく。
そして先程自分が出てきた教室の前にたどり着いた。
「ほらよ、ここだろ」
「あっ、ありがとうございます!」
「おう。じゃあな」
踵を返し、その場から立ち去ろうとした土方のスーツの裾を千鶴は無意識の内に掴んでいた。
「あ、あの!このご恩は一生忘れません」
必死に頭を下げる千鶴に思わず、土方は吹き出した。
「お前、あれぐらいのことで一生なんて」
「いえっ!土方さんが来てくれなかったらどうなっていたか…何か御礼をさせて下さい!」
「別に礼なんていらねぇよ。………!」
真剣な眼差しで自分を見つめてくる千鶴に土方はつい目が奪われた。
年下の小娘に一瞬でも目を奪われ、はっ、と気づき、照れ隠しからかピンッと軽く千鶴のおでこにデコピンをした。
「いたっ」
「ガキが気にしすぎなんだよ。…ったく。…なら約束しろ。
絶対合格してみせる!ってな」
「はっはい!」
「…それに旨い茶を入れられるように練習しておけ」
「はい!」
千鶴の素直な返事に、ポンッと頭に手を置き、『頑張れよ、千鶴』と微笑み土方は元来た道に足を運んだ。
千鶴はまたお辞儀をし、土方が見えなくなるまでその方向を見つめた。
自分の為、そして助けてくれた土方に恩を還すために、絶対合格する!
と心に決め最後の試験を受けた。
…土方達と再会するのはもう少しだけ先のお話…
end
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