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□鬼さんだって構いたいんです!
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ここは、泣く子も黙る
――『新選組屯所』――。
そこに或る1人の男が中の様子を静かに眺めていた。
男の名は――風間千景。
西の鬼の頭領で、新選組とは敵同士の要注意人物である。
そんな彼だが敵陣だろうが何だろうが気にする事もなく、今日も『嫁』の様子を見に来ていた。
「…下等生物どもに良いように使われ何が良いのか、全く解せぬ」
言葉とは裏腹に皮肉めいた笑みを浮かべ、少し離れた木の上から見下ろしていた。
彼の視線の先には、自称『我が妻』こと、東の鬼の女鬼・雪村千鶴が小さい体を頑張って使い、洗濯物を干していた。
「…よいっしょっ、と…」
ふーっと額の汗を拭い、干している物を綺麗に整えていく。
水を含んでいる洗濯物は重く、毎日の仕事でやり慣れているが、沢山いる男達の洗濯はやはり一苦労である。
「ふっ、小さい体で良くやる」
そんな千鶴を眺めるのがいつしか風間の日課になっていた。
彼曰くどうやら千鶴を愛でているつもりらしい…。
妻こと、千鶴が苦労している様を楽しそうに眺めていた風間だったが、一瞬のうちに、ふっと表情を曇らせた。
「またあやつらか…」
苦虫を噛んだかのように先程まで上機嫌だったのが一転、不機嫌に変わり、忌々しげに呟いた。
どうやら此処の住人の『幕府の犬』が能天気に手を振りながら彼女に近づいて来たからだ。
「千鶴ー!」
「よっ、千鶴。いつもありがとよっ」
「平助君、原田さん。お稽古お疲れさまです」
幕府の犬…
それは幹部の平助と原田の2人だった。
どうやら彼らは隊士達に稽古をつけていたらしく、未だに汗が引いておらず、遠くから見ても分かる程だった。
声をかけてきた二人にニコッと千鶴は嬉しそうに笑顔を向けた。二人も千鶴につられ、頬を緩める。自分には見せたことのない笑顔を見て、風間はつい眉を寄せてしまった。
(…下らん…)
やきもきしながらも己に冷静になれと呪文をかけ、事の有り様を静かに見守る。
「……平助くん、凄い汗!」
平助の額から形の良い顎まで汗が流れていた。
「ああ、今日めちゃくちゃ動いたからな――」
「だな。張り切っていたのが俺にも分かったぜ」
荒い手つきで汗を拭うが後から後からと溢れ出てくる。
そんな姿を見た千鶴は自分の懐からまだ使っていない布を取り出した。
――そして…。
「ちょっと動かないでね」
「えっ?!――っ!!」
「「……!!」」
何事かと不思議そうにしていた平助に千鶴は流れる汗を優しく拭った。
「ちっ――!!」
「「………」」
近くには千鶴の顔がある。しかも自分を優しく拭いてくれている……。
その行為にきっと深い意味はないと思うが平助はドキッとし、鼓動が速くなるのを感じて真っ赤になってしまった。
「…――平助くん?顔赤いけど、大丈夫?もしかして痛かった?」
真っ赤な顔で固まる平助を千鶴は心配そうに覗き込んでくる。
その可愛さに平助は更に追い討ちをかけられる。
「〜〜!!」
「…はぁ…」
まるで茹でタコの様に赤くなってしまった平助を眺めていた原田は、やれやれと苦笑いをし、千鶴に近付いた。
「…なあ千鶴、平助ばかりちとズルくねえか?」
「えっ?」
言われた意味が分からず千鶴は小首を傾げた。
その様子に原田は何処から出るのか妖艶な笑みを浮かべ、千鶴に合わせるかの様に目線をわざと合わせ顎を軽く持ち上げた。
「!!」
「ほら、俺も拭いてくれねえか?」
目の前に原田の整った顔を間近に感じ、ビクッと肩を震わせ、今度は千鶴が紅くなってしまった。
――ピキッ!!
「……あやつらっ!!」
吐き捨てる言葉と共に木の枝がボキッと折れる音がし、風間の手には太い枝が無様に握られている。
額には青筋を浮かべ、いつもの余裕のある顔がピクピクとしていた。
「――っ…」
「ちょっ!さ、左之さん!!
何やってんだよ!千鶴から、離れろよっ!?」
「いてっ。……何だよ、平助。お前だって良い思いしただろ。おあいこじゃねえか」
「おう、おあいこな、っじゃねぇ!!」
意識が戻った平助は赤くなってアワアワしている千鶴を庇う様に前に立ち塞がり、原田との距離を離す。
油断も隙もないぜ、と呟き原田を威嚇する。
「…………あんた達、そんな所で何をしている」
ふいに聞こえた声の方を皆一斉に向くと呆れ顔をして、佇んでいる斎藤がいた。
「あっ!一くんお帰り」
「巡察ご苦労さん」
「さ、斎藤さん…お帰りなさい」
「ああ、ただいま。千鶴」
千鶴は斎藤の無事な姿にほっと安堵して歩み寄った。
斎藤もそんな千鶴に優しい笑みを見せる。
まるで二人の事など目に入っていないかの如く甘い顔をのぞかせて。
「……一くん…俺達の存在わすれてるな……」
「ああ…斎藤…デレ過ぎだろ…」
「………」
風間までもがいつもの斎藤の変わりように唖然とする。
まさかあの土方の犬までもが…。
千鶴…相変わらず恐ろしい女鬼だ…。
そんな甘い空気をドタドタッと、けたたましく廊下を走ってくる音が打ち消した。
「総司――!!てめぇ、待ちやがれっ!!」
「アハハッ♪待てと言われて待つ人間がこの世にいると思ってるんですか、土方さん♪」
楽しそうに笑いながら逃げる沖田の手には土方の大切な発句集が握られており、それを取り戻そうと必死の形相で追いかけこちらに向かってくる。
「げっ!?」
「そ、総司!こっち来んなっ!!」
真っ直ぐこちらに向かってくる沖田に嫌な予感が走り皆狼狽する。そして、満面の笑みを浮かべて、呆然と見ていた千鶴の手を引き寄せ後ろからギュッと抱き締めた。
「千鶴ちゃ〜ん」
「きゃっ!!」
「「「千鶴!!」」」
「総司!てめえ!!早く“ソレ”を返しやがれ!!」
いやですよ、と意地の悪そうな笑みを浮かべ千鶴を板挟みにして睨み合う。
千鶴は自分の身に何が起こっているのか把握できず、分かるのは自分の目の前には激怒している土方がいる事だけ。
「………」
「土方さん、千鶴ちゃんが怯えていますよ」
「お前のせいだろうが!!」
「「「………」」」
土方はチラッと千鶴に視線を向けると困り果てた顔で目を潤まして自分を見上げている。
「ぐっ…!!」
「土方さんどうするんですか?千鶴ちゃん、泣いちゃいますよ」
ニヤニヤとした笑みをしてギュッと腕に力を入れて千鶴に密着する。
「お、沖田さんっ?!」
「なあに?」
「はっ、離してください――!」
「やだ♪」
「「「「総司!!」」」」
皆の怒声など気にもせずに、
まるで猫のようにゴロゴロと顔を寄せてくる。その行為に赤くなり、困り果てた千鶴は目の前にいる土方に【助けてください】と目で訴えた。
「ったく…」
「きゃっ」
「――!!」
土方の伸ばされた腕に引き寄せられ抱きつく形で沖田の腕から逃れた。
しかし状況はあまり変わらず抱き締める人物が替わっただけ。
「…土方さん。千鶴ちゃん返してください!」
「別にこいつはてめえのモノじゃねえだろうが」
「あ、あの…」
「そ、そうだぞ!総司はいつも千鶴に近づきすぎ!!」
「平助は黙ってなよ」
「なっ!」
「まぁ、落ち着けって。また巻き込まれるぞ。だが土方さんもずりぃよな」
「副長、千鶴なら俺が預かります」
「斎藤、何さりげなく手、差し出してんだよ」
「は、話を……」
「なら俺だって!」
「平助じゃ千鶴は守れねぇ。千鶴、こっちに来い」
「左之さん、だから千鶴ちゃんは僕のだから」
「総司、あんたに千鶴は渡さん!」
「…斎藤、お前どうした?!」
ぎゃーぎゃー、と男達の欲望にだんだんと収拾がつかない事態に陥ってきてしまった。
千鶴はオロオロとするばかりで止められる筈もなく…。
――ブチッ
「たかが人間の分際で、我が妻に――!」
先程まで黙って見守っていた風間だが自分の嫁の奪い合いを目の当たりにして、堪忍袋の緒がついに切れてしまい、敵陣の真っ只中に潜入してしまった。
「貴様等、幕府の犬――。それは我が妻だ。汚い手を離せ」
「「「「「風間!!」」」」」
「……おい、鬼さんよ。此処が何処だが分かってんのか?」
「ふっ、薄汚い犬小屋だろう。…千鶴、こんなまがい物どもの元より早く此方に来い」
「けっ、結構です!!」
「ふっ、相変わらず素直じゃないな」
「ねぇ、状況分かってるの?」
風間の周りを皆で囲み、間合いを取る。その様子に余裕とばかりに口角を上げる。
「群れるは犬猫の如くだな…。
先程の貴様等の馴れ馴れしい態度を見ていて苛ついていた。相手をしてやっても良い」
「お前…覗いてたのかよ!」
「我が妻を見ていて何が悪い」
「「「「「………」」」」」
まるで憐れむような視線を感じるが気にしない。
「さあ、来るが良い」
「千鶴、下がっていろ」
「は、はい…」
笑みを見せ、スッと刀を抜こうとした瞬間、風間の意識が違う場所に移った。
そちらを見ると、ちっと舌打ちをした。
「風間。こんな所で何をやっているのですか」
「天霧、邪魔をするな」
「薩摩藩より――」
「五月蝿い……わかった、今行く。……ふっ、命拾いしたな。貴様等は次に相手をしてやろう」
軽々と塀に登り、千鶴を見下ろしてくる。
「千鶴…また来る」
「えっ?!」
「もう来んじゃねぇ!!」
「寂しいと思うが我慢して待っているが良い」
そう高飛車に言い残すと天霧と共に姿を消した。
呆然とそちらを見ていた各々が口を開く。
「なんであいつ、あそこまで前向きなんだ…」
「全く此方の話を聞いていない」
「ってか、いつから覗いていたんだよ!」
「屯所の警備増やした方が良いんじゃないですか?」
「だな。これじゃ千鶴を一人にできねぇな」
「は、原田さん…あの…」
「って、左之さん何さりげなく肩に手回してんだよ!」
「無事を確かめてんだよ」
「あんたは逆に危険だ。千鶴から離れろ」
「一くんの言う通り、千鶴ちゃんをこっちにください」
「だからなんで総司になんだよ。こいつは俺の小姓だろうが!」
………
風間の襲撃など忘れたかの様に
またも千鶴争奪戦が始まってしまった。
千鶴は一人仕事の続きをさせて欲しいと願うのであった……。
end
あとがき→