†++DIVINE++†

□++空梅雨++
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「俺の弟が猫の貰い手捜してるんだけどさ」

 昼飯を囲みながら、唐突にミツルが云う。
 昼休みの屋上は、憎たらしいくらい晴れていた。
 梅雨の中休み、まだ午后に授業が残っているこんな日は、もうちょっと涼しいほうがいい。

「弟なんていたっけ、おまえ」

 吾郎が首を傾げながら、ミツルの弁当箱からひょいっと卵焼きを摘んだ。勝手にそれを頬張る吾郎に、ミツルはデコピンをかまして、弁当箱をオレの方へ寄せた。

「まあね。随分前に両親離婚したからさ。名字も違うぜ」

「こともなげに……」

 宮本が複雑そうな顔をしながら、テトラパックのコーヒーを啜っている。ミツルは笑って腕を伸ばし、向かいに座った宮本の額を軽く突いた。

「そんな顔すんな。別に気にしてねえし、あいつと俺は偶に会ってるしな。別にこんなんでもカテイカンキョウ深刻じゃないから」

 そうか、と宮本はほっとしたように額を摩る。
 彼はこういう話題が殊の外苦手だった。
 去年、オレの母さんが亡くなった時も、葬式に来てくれた宮本は、物凄く複雑そうな顔をして、無言でオレと沙良夜の肩を叩いた。
 あれは多分、元気を出せよ、と云うことだったのだと思う。

「猫ってどんな?」

「3ヶ月くらいの白茶のトラ。浅間の公園で拾ったらしいんだけどさ、あいつのマンションえらい管理人厳しいんだよ。飼い主見つかるまでって約束で、今なんとかおいてもらってんだけど」

「大西は飼えないわけ?」

 当然の疑問を口にする。
 宮本は早々に弁当も食い終わり、テトラパックも飲み干して、手持ち無沙汰なのかパックをたたみ始めた。

「親父が猫アレルギー」

「神楽は?」

「沙良ちゃんの病気によくない」

 数年前から時折寝込む双子の姉を思い浮かべた。

「そういう宮本は?」

 テトラパックはみるみる小さくなっていく。なんて器用なんだ。

「おれんち魚屋だっつうの」

「……じゃあ」

 一斉に皆の視線が、吾郎に集まる。

「な、なに見てんだよ」

「決まりだな、石崎?」

「え?」

「やっさしいなあ吾郎ちゃん〜」

「じゃ、心太に電話しておこう後で」

「え、ちょ、ちょっとまてよ、てめ、ミヤモトっ、魚屋だからっつっても猫ぐらい飼えなくないだろっ」

 たたみきったテトラパックを、吾郎目掛けてポンッと投げた。

「阿呆か。魚屋と猫は天敵なんだ。オサカナくわえられたら裸足で駆けてかないといけなんだぞ、この炎天下に」

 鼻に命中したテトラパックを、渾身の力をこめて宮本に投げ返す。べしっといい音がした。

「んなサザエさんみたいなことしねえだろてめっ。うちだって無理無理! 一体今何匹動物いると思ってんだよ!!」

 そう云えば吾郎の家は、三人の姉と二人の弟妹が各々動物を飼っていると云っていたような気がする。他にも何匹かいた筈だ。

 パックをもう一度投げようとしていた宮本の手が止まる。

「……どんくらいいるんだっけ……」

「犬3匹にハムスター2匹、それに兎に白文鳥に桜文鳥に鸚鵡、錦蛇とイグアナ」

 確かにそれだけいれば、無理だと云うのも当り前だ。

 思わず頷いたオレとミツルと対照的に、宮本は鼻をならした。

「なんだ、じゃああと猫一匹ぐらい平気じゃねえか」

「ふざけんな」

 至近距離で睨み合う二人を引き剥がして、ミツルは溜息を吐いた。

「わかったわかった。じゃあな、放課後飼い主捜すの手伝ってくれよ」

 食い終わった弁当箱を仕舞いながら、あのさあ、と思いつきを口に出す。

「クラスで聞けば?」

 ぐわっと吾郎と宮本の顔が寄って、怖くて必死で後ずさった。
 灼けたコンクリートの熱がジーンズの尻に熱い。
 捕まってたまるもんか、とそのまま這い回ったが、結局逃げ損ねて二人に捕まる。首に腕を巻き付けて、これでもかとぐりぐり髪を掻き回されて、目の前がくらくらした。

 二人とも――ミツルも含めて三人とも、オレよりもう10センチもでかい。狡いよ詐欺だあ、と心中で叫んだ。

「いいことゆうじゃんさっちゃん」

「さっちゃんゆうな」

「ええこやなあ神楽あ」

 抵抗も虚しく、何時の間にか二対一のプロレスに変わっていた。図体のでかい二人相手に、勝てるわけがない。それを暫く眺めていたミツルが、徐に口を開く。

「悪いけど、ここ来る前に聞いてきたけど、飼えるやついなかった」

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