++++ワンダーフォーゲル++++ †++PARADAISE OVER ANNEX++†

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「白王」
 暗闇に向かって、呼び掛けた朱里の声が、わあん、と反響した。低い、地を這うような音が返る。
 音を一度頭の中で復唱して、やっと誰かの声だと気づいた。
「――その呼び方止めろって何遍云やあわかんだテメエは」
 怯みもせず朱里はすました顔をしている。
「では言い替えましょう。東王、お願いがあって来ました」
 チッと、奥から舌打ちが聴こえた。
 瞬間、頭上を漂ってた光が弾けて、拡散した。
 目が眩む。
 蹌踉けた身体を、朱里の大きな手が支えてくれた。
「ったく、減らず口がよ」
 眩い光の中に、男がひとり座っていた。
 この男が王である事は容易に判断がついたが、玉座らしいものは見当たらない。朱里の足下に何段か階段があって、その向こうが全体的に高くなっている。
 男の座る部分にだけ、豪奢な絨毯が重ねられていた。
 他には何もなかった。
 男の後ろに布が下がっている。少なくとも、部屋はもうひとつ有るようだ。
「誉めて下さっても何も出ませんよ」
「テメエにそんなこたア期待しちゃいねえよ――なんだその餓鬼は。ヒト臭えな」
 浅褐色の肌に、白金の髪。朱金の双眸が、ぎらりと光る。
 目が合った途端に全身が総毛立ち、震えが止まらなくなった。
「ヒトですから当たり前でしょう。その前に貴方の名前に誓って頂けますか、彼に術はかけないと」
 無精髭を太い指で摩りながら、男はつまらなそうに呟いた。
「――誓おう。そのヒト臭え餓鬼に術はかけん。これでいいか。ほんとに偉そうだなテメエは」
「いちいち悪態なんて吐いて下さらなくて結構。貴方と違って私も暇ではございませんので」
 ふん、と男は鼻を鳴らした。
「彼は亮介。彼は友人を捜して此方に来たそうです。亮介、挨拶を。彼は私の主です」
「あ、どうも……田上亮介です」
 震えが止まらず、名前を云うのがやっとだった。
 朱里の上着を掴んだまま、頭を下げる事も出来ない。
 流石に失礼かなと、恐る恐る彼を見上げたが、鼻を鳴らして「そうかい」と云っただけだった。
 
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