粛霜
□孤高の夏
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世の中の学生の夏休みが折り返し地点を過ぎ、残り半分以下となる8月中旬。
茹だる暑さの中、ちょっとだけクーラーを効かせた涼しい部屋から冷気が届きにくい玄関へと移動した。
Isolated summer.
そんなに広くもない場所に男が3人。
いつもと何も変わらない焔火と、
左眼を隠しているかのような長めの前髪をピンで留めた明藍と、
鬱陶しいと言って、見てるだけで暑そうな長い髪を結い上げた李朧がゲタという物を履いていた。
焔火と李朧・明藍が生きていた時に住んでいた国は両方とも東の方らしく、文化が似ているそうだ。
だから今日は定番のユカタとやらを3人は着ている。
俺だけがわからなくて、少し疎外感を感じた。
「やっぱ服装変わると雰囲気違うな。馬子にも衣装ってやつ?」
今夜は街の広場で夏祭りがあるのだと、どこで知ったのか李朧が行きたいと言い出した。
珍しく焔火がそれに賛成し、だったら皆で行こうと明藍が提案して、今に至る。
ちなみに俺は留守番を買って出た。
勿論、3人はどうにか俺も連れて行こうとアレコレと言って説得しようとしてくれたのだが俺は首を縦に振らなかった。
人込みは嫌いだし、何より、人前に出るのが嫌だ。
こういったイベントは人が多すぎる。
でも。きっと楽しいのだろうな。
いろんな店があって。
明かりがキラキラしていて。
美味そうな匂いや楽しそうな声がそこらじゅうからするんだ。
行った事がないから全部俺の推測。けれどあながち間違ってはいないだろう。
「…じゃあ、行ってくる」
「あぁ。楽しんでこいよ」
「気が変わったら来てくださいね」
「もし変わったらな」
「しょうがねぇから土産くらい買ってきてやるよ」
「ははっ、期待しないでおく」
まだ少し納得のいかないような顔をして焔火、明藍、李朧の3人は夕暮れの街に出て行った。
見送ってしまえばもう玄関にいる必要がないので俺は部屋に戻った。
***
静かな部屋。最近、1人でいる事なんてあまりなかったから薄ら寒い。
シェフが死んでエルシアに会うまで、俺はこの家にずっと独りだった。
エルシアと一緒に住むようになって、独りではなくなった。
エルシアも死んでしまってまた独りになるはずだったのに、気付けば必ず傍に誰かいるんだ。
向こうに行けばシェフに会える。忙しいはずなのにニルドは話し相手になってくれるし、プレートを持って行ったらナトアだっている。
ここにいてもまだ半人前な俺に教える事があるからと焔火が一緒に住むようになったし、
李朧と明藍は自分の仕事はどうしたと言いたくなるくらい遊びに来る。
独りじゃなくなって嬉しいのに、皆がいて楽しいのに。
同じくらい、それが怖い。
月日が少なすぎる。彼等と出会ってたった1年しか経っていない。
時間なんて関係ないかもしれない。けれど付き合いの長い奴の方が大事のはずだ。
比べてみたら、俺なんてまだ顔見知り程度。
今まで世界は『自分』『家族』『恋人』『その他』だった。
それじゃあ、焔火達は俺にとって何なのか。
友達?考えたけど彼等をそう呼んでいいのかわからない。
だったら何?何で一緒にいるの?
孤独感に、さっき感じた疎外感が余計に拍車をかける。
「俺って、こんなんだったけ?」
沸きあがる黒い感情。これは何?
言い表せないこの胸の痛みは?
楽しい。寂しい。嬉しい。哀しい。どれが本当?
これまで知らなかったモノに戸惑って声にするも、虚しさだけが残った。
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