粛霜
□シフク
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ゆっくりと眼を開ける。
なんて懐かしい夢だろうか。
都合よく、あの後の苦しみなんて微塵も感じさせなかった。
あの時の俺はエルシアの不器用をすっかり忘れていて、気付いた時にはすでに遅く。
皿が割れて、
オーブンが火事になりかけて、
生クリームが卵の殻だらけで、
苺がジャムになってて、
フォークが飛んできたっけ。
結局、ケーキ作りと後片付けを1人でやったのを覚えている。
今年は何もすることなく、普通に終わったクリスマス。
焔火もどこかに出掛けて1人で過ごした。
1人なのにケーキ作ってはしゃぐなんて虚しいだけだからな。
本当は今年もエルシアと一緒に過ごすはずだったんだよなぁ。
バイトだって休みにしてもらって。
あまり高いのは無理だけどプレゼントとか買って。
そう考えてたら、なんか泣けてきた。
あんな夢みたからだ。
独りでいるからだ。
だから今、自分はこんなにも悲しいんだ。
「エルシア」
哀しいよ。
苦しいよ。
何で君は今傍にいないの?
「プレゼントなんていらない」
だから。
「傍にいてよ」
霞んでいく視界に堪えきれず、俺は膝を抱えて座り込んだ。
***
ボーっとする頭に自宅のチャイムの音が転がってきた。
誰だろ。
気乗りしない足取りで玄関まで歩く。
あ、髪と眼どうしよう。
もういいや。面倒だし。
ドア開けなかったらいいだけだもんな。
「どちら様ですか」
「あ、俺。開けてくれないか?」
一瞬、今巷で噂になっている詐欺が頭によぎったが、声は焔火のものだった。
焔火だったらいちいち色変えなくてもいいか。
「んー、わかった」
ガチャリとドアノブを回す。
鍵なんてかけてないから自分で開ければいいのに…
「「「メリークリスマス!」」」
掛け声に次いで軽い爆発音が3つ。
小さな紙切れと色取り取りの紙テープが俺に降りかかった。
目の前には焔火と李朧と明藍が円錐型の小物を持って立っていた。
パーティーなどでよく使われる、クラッカーを持って。
「おまえら、なにしに」
驚きすぎて声が上手く出ない。
「何って、クリスマスパーティー?」
いや、俺に聞かれても困るって。
「誘われたので、折角ですし」
俺はそんな企画知らないって。
「今回は俺達の方でケーキ用意してきたからよ」
え、だから、何?
「「「メリークリスマス、ジェイス」」」
「…メリー、クリスマス」
なぜかテンションの高い3人に負けて言ってしまった。
エルシア。
君がいないのは辛いけど、どうやら俺は独りじゃないらしい。
俺が塞ぎ込んでる時、手を差し伸べてくれる奴が3人もいるんだ。
俺って結構幸せ者なのかな。
でもさ、これだけは言っておかないとな。
「言っとくけど、クリスマスって昨日だから」
「「「……え?」」」
→後書き