粛霜
□電王
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「ギィヤァァアアアア!!!」
下校時間の校舎に悲鳴が上がった。
学校全体に響き渡るほどの大音量にも拘わらず、生徒達は自分には関係ないとでも言いたげに各々下校したり部室に移動したりと目的の為に移動していく。
そんな中、一人だけ足を止めた少年がいた。
驚いて立ち止まっただけかと思いきや、次の瞬間には叫び声がした方へと走り出した。
だって、その声は聞いたことのある、少年の知っている人物のものだったから。
「桃!」
ガラッと思い切りドアを開ける。
中は至って平和で、ついさっき悲鳴が上がった部屋とは思えない。
「あ、良太郎。明日の集会で使う資料、持ってきたよ」
こちらに気付いた眼鏡をかけた青いメッシュの青年が話しかけてきた。
「ほんとに?ありがとう浦」
「どういたしまして」
穏やかな空気に流されかけていた良太郎だがさっきまで自分を駆り立てていた物事を思いだし、はっとする。
「ねぇ、さっき桃の叫び声が聞こえたけど!」
必死な良太郎とは反対に、浦は呆れ果てて言った。
「あぁ、アレね。大丈夫だよ」
溜め息混じりに浦が向けた視線を追うと、机の上で怯えている桃がいた。
その直ぐ下には小さな黒い塊が。
「龍太がまたつれてきちゃったみたいでさ」
そこには子犬が遊んでほしそうに尻尾を振っていた。
たかが子犬。されど子犬。実を言うと桃は犬が大の苦手なのだ。
学校一の不良と陰で噂される彼のこんな姿を誰が想像するだろうか。
「テメェ等喋ってないで助けやがれ!」
良太郎と浦は顔を見合わせ苦笑した。
***
仔犬は良太郎が抱えておくことで一段落ついた。
先程までは警戒してちらちらと様子を伺っていた桃も今じゃすっかりゲームに夢中でTV画面に釘付けだ。
因みにこのTVゲームを含め、教室にあるコンポ、トランプ、知恵の輪等は全て生徒会員である彼らの私物だ。
そしてこれらについての御咎めは未だない。
顧問も来なくて暇なので浦は良太郎にお茶でも飲みながら明日の集会で話す事を相談しようと提案する。
すると騒がしい足音が近付いて来るのか聞こえた。
「仔犬、まだいるよね?!」
肩で息をし、訪問者は後ろ手でドアを閉めながら忙しなく教室を見渡す。
お目当てを見つけるとその状況に声を上げた。
「あー!良太郎ずるい、ぼくも抱っこする!」
羨ましそうに、と言うよりその様は駄々を捏ねる子供のようだ。
「龍太、学校に動物をつれてきちゃだめだよ」
「だって可愛かったんだもん」
ばっと良太郎の腕から子犬を取り上げて目一杯抱き締めた。
何故だろう。
心なしか子犬が苦しくて暴れてるように見える。
「ちょっと龍太、もう少し力抜いてあげなよ」
気付いた浦がそれとなく忠告するも。
「亀ちゃんも抱っこしたいの?」
「全然」
「じゃあ別にいーじゃんか」
聞く耳持たず、意味が伝わらない。
「あのね、龍太。そういう問題じゃなくて」
「泣けるでぇ!!」
ガラッ、バキッ、ドタンッ!
なおももがく子犬の姿に今度は良太郎が口を出すが派手な音に邪魔されてしまった。
順にドアが開く音、外れる音、倒れる音である。
「涙はこれで拭いとき」
「ぁ、ありがと金汰」
別に泣いてないんだけどな。
そう思うも、黙って差し出された懐紙を受け取った。
「金ちゃん、またドア外したの?」
「おん?あ、ホンマや。何でやろ」
金汰がドアを破壊するのは今に始まったことではない。
なので対象もすでに存在する。
「先輩、ドア直してくれない?」
力仕事は主に金太だが彼では直すどころか逆に壊してしまう。
次に力のある桃に白羽の矢を当てるがゲームに熱中し過ぎて聞こえてないようだ。
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