紅果て小説

□1:雨の路地裏
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俺は、動かなくなった恋人の身体を、
いや、彼女だった人の身体を抱え、手を握った。

力無く投げ出された手から伝わる体温がじょじょに低下していき、確実にただの肉の塊になっていくのがわかる。

閉じられなかった瞼から覗く光を失ったシアン・ブルーの瞳と眼が合った瞬間、
俺の眼からは、堰を切った様に涙が溢れた。

そして俺は、彼女の背中から流れ出る血で四肢を緋色に染めながら、
子供の様に泣く事しか出来なかった。

せめてもの足掻きに、ひたすら声を押し殺して。

もう少し、俺が子供だったなら。
縋って、馬鹿みたいに大声で泣き叫べたのに。

もう少し、俺が大人だったなら。
涙を流す事なんて、我慢出来ただろうに。

16年という半端な年月では、それが精一杯の方法だった。








1:rainy back alley









いつの間にか降り出した雨が街全体を濡らし、
ついでに次から次へと頬を伝う雫に混ざる。

俺達を染めていた血も綺麗に洗い流され、
腕の中でブロンドの長い髪が本来の色を取り戻していた。

彼女はとても美しい人だった。
外見は勿論の事。
中身にだって非の打ち所が無く、しかも有名財閥の一人娘。
俗に呼ばれる高嶺の花。

それに比べて俺は…。

禍々しい紅いブラッド・レッドの髪と瞳。
スラム街で育ち、昔は盗みも喧嘩も日常茶飯事。
彼女には不釣り合い過ぎる人間だ。

でも彼女は、そんな下らない俺を選んでくれた。
だから、では無いけれど。護ってやりたいと思った。

なのに。

一瞬だった。
俺の前を歩いていた彼女が急に倒れ、急いで駆け寄ると背中からじわじわと血が滲み出していた。
それは止まる事なんて知らないかの様に地面に広がり、その範囲を大きくしていった。

突然起こった悲劇にフリーズした脳を無理矢理起動させ、状況を分析する。

何故、彼女は倒れてる。
何故、彼女は血を流してる。
どうして、こんな事になった。

いくら脳をフル回転させても判るはずが無かった。
判った所でどうこうなるはずも無かった。

彼女は死んでしまった。

もう、あの優しい声が自分の名を紡ぐことはない。
もう、あの優しい眼が自分の姿を映すことはない。

そう思うと鳩尾あたりがギュッと痛み、
それを耐える為に抱き締める腕に力を込めた。

***

いったいどれ位経っただろう。

何時間、何十分。
長い間ここでじっとしている気がする
あぁでも、もしかしたら本当は何秒位しか経っていないのかもしれない。

ただ雨にうたれ続けている身体が冷たく、寒い。
そう感じた時だ。

「何だ。お前、死ぬつもりか?」

どこか楽しそうな響きを含んだ声が聞こえてきたのは。

不覚にも、それもいいかもしれない。なんて考えが頭をよぎった。
けれど考え直し、目線だけで声の主を探す。
どれだけ辺りを見渡しても、それらしい人物どころか人の影すら見当たらない。

空耳だろうか。

「…誰か、いるのか」

念の為、問い掛けてみる。

無意識に身体が強張り、声音が通常よりも少し低くなっているのが自分でもわかった。

「そんなに警戒しなくてもいーんじゃねぇの?」

再び聞こえてきた声。空耳なんかじゃない。

それに俺は息を呑んだ。
俺の聴力が狂っていなければ、その声は上の方から聞こえてきたからだ。

別に上から聞こえただけじゃ驚きはしない。
問題は今いるこの場所で、上から聞こえたという事だ。
今居るのは人通りの少ない路地裏。
外にいて、頭上は雨雲に覆われた空だけなのは俺がずぶ濡れになっているから間違い無い。
辺りの建物はこの路地側には窓が無かったはずで、コンクリートの壁だ。

ホラー映画でも見ているかのように心臓がドクドクと早くなっていく。
だがそれだけじゃない。
俺はその声の正体を見なければいけない。確かめなければならない。

そんな気がして見上げれば、俺を見下して笑っている男が一人。
片膝をつく形で空中に浮いていた。




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