第13本棚

□はつこい
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一方通行な気持ちだって、わかっていた。学生時代からかれこれ付き合いは5年になる。私は仕事に、彼は院を卒業し助手として働いてそれにも幾らか慣れ、また学生時代のように時たまつるむようになってから、私はどうにもおかしかった。別れがたかったり、無性に会いたかったり、一緒にいたかったり、喜んでほしかったり。酒に酔った彼が抱き付くように倒れ込んできたとき、その身体を両腕で抱きとめながら私は気づいたのだ。

――私は彼が好きなのだと。






どん、と彼こと火村の腕が私の肩にぶつかった。しかし起きる気配はない。京都で飲み、彼の家で雑魚寝をし、翌朝出勤することが半月に一度、多いときには週に一度以上あるようになったのは、そう遠くない日のことだ。その最中、この恋心と呼ぶにはいささか欲の強い感情が芽生えたのはつい最近のことだ。

火村は知らない。私が、今真隣で眠る私が自分にそんなよこしまな思いを抱いていることを。火村はすやすや眠っている。最初の頃こそ眠りも浅かった彼が、最近は熟睡している様子を私に見せる。嬉しい反面込み上げる気持ちを押し潰すので一杯だった。

酔ったふりは上手くなった。

抱き付かれても、はいはい、といなすこともできる。

空が白み始めた。火村はたしか今日は夕方からだと言って居たし、起こさずに出ていこう。肩に乗せられた腕を下ろせば彼は小さく身じろぎして、ふたたび眠りに戻る。少しだけ期待したのに、と残念に思いながら音も立てずにそっと、そっと部屋を出た。

次は、いつこられるだろう。

私たちの暗黙の了解、交代交代で互いに声を掛け合っている。火村はそんなこと気にもしていないのかもしれないが、殆どが交互に声をかけて会う約束を取り付けている。今回は私から行きたいといったから、次は彼からの連絡を待つ。半月しても来なかったら、久しぶり、と連絡をする、

繋がりがなくなるのが怖い。

「…いってきます」

火村は頷いたような気がした。










火村邸に忘れ物をしたのに気付いたのは、夕方頃だった。取り急ぎ必要なわけではないが、手元に置いておきたかった資料。ファイルを取り出して眺め、そのままおいてきてしまったらしい。電話をしようか迷ったが、きっともう大学にいってしまっているだろう。研究室に掛けるのもどうかと思うし。

それに、時たま、アポなしで彼の部屋によることもあった。大抵彼は居たし、追い返されたことはない。居なくても大家のお婆さんとも顔馴染みになっていて、部屋に通されることもあった。

会いに行く理由としては、十分だ。自然と和らぐ頬を叱咤して、少しでも早く帰れるように仕事に取りかかる。いきなりやる気を出した私をかなり怪しげに見ながら、先輩もうでまくりをした。

会いにいったら、今日は帰れといいながら彼は苦笑いをするだろう。何だかんだでずるずる居座って、終電もなくなってあのものだらけの狭い部屋で二人肩を寄せあって眠るのだ。疲れは全く取れないけれど、やる気は満ちる。思うだけで幸せだったし、彼を想えば残る仕事にも熱が入る。

結局、いつもより遅い時間までかかってしまい、電話をする時間も惜しんで急いで彼の家に向かう。終電もなくなって、なんて、まさに彼の家に向かうこの時間が終電間近だ。万が一にも追い返されたら公園にでも泊まるしかないやもしれない。

疲れているのにその足取りは軽い。なんたって、彼の家に向かっているのだから。

あっと言う間に着いた火村邸は静けさを保っている。大家さんも寝静まって居るのだろう。静かに扉を開け、差し足で部屋に向かう。他の部屋は電気こそ漏れているが静かであるが、火村の部屋からは物音が聞こえた。

ガタタッ!と何かが崩れる音がする。重ねられた書籍を思い出せばその状況は想像に容易いものだ。

しかし――――

そっとドアノブに手を掛ける。

誰かと話している―――?

カチャリと回して、ぎぃぃと音をたてた扉の先、そこには―――

「夜遅くにわる…い………――――、ひむ、」

扉を開けた先、キッチンの先の四畳半にあったのは、私の知らない男、上半身裸の男に馬乗りになられ唇を奪われている想像すらしなかった姿の火村だった。

「…………だれ?」

知らないその男の言葉が聞こえると同時に夜更けに迷惑なほどの音をたてて扉を叩きつけていた。火村が叫ぶ様な声を出した気がしたのだけれど、今の私にそれを確かめる度胸はない。呼吸の仕方も忘れたまま、転がり落ちるように階段を降り、飛び出すがまま彼の下宿を出ていた。

外は雨が降り始めていた。




(あげるあげるぜんぶあげるよだから、)
20130116
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