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□佐久間君と僕
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小さいときは自分が嫌いだった。少し年齢があがるとさらに嫌いになった。そして現在までに至ると、とうとう殺したくなるほどになった。別に親が嫌いなわけがない。ただ単に自分の存在が許されなくなって生きていたくなくなったのだ。片目が腐れ落ちたときは本気で自分が世界から拒絶されたようで嬉しかった。これで消える理由ができたと心の中では歓喜したものだ。現在はその眼球が埋まっていた右目はすでに皮膚で覆われ、潰れている。人目に晒されないようにと眼帯と伸びきった髪の毛で顔の半分近くを隠している。そのせいか学校では奇怪な目でみられていた。気味の悪いと囁かれ、罵られた。家の回りではクラスの親たちが噂し、妖怪と称した。俺にとっては果てしなくどうでもよいことだったが、それに酷く悩まされたのは母親であった。ついにノイローゼ寸前に陥り、時には俺に手をあげた。一方俺は抵抗などするはずもない。正気にもどったときの母親の顔色は酷く青ざめており、急いで濡れたハンカチを己の拳の型がついた俺の頬を優しく触れるのだ。不覚にもその一瞬だけ母親のことが好きになれる。殴られた部分が青黒く変色しなにも手当てなどしないまま学校に通っていたせいかPTAは虐待だと不審がり何度も自宅に押し掛けられたが、母親はそれを拒絶しあの怪我は転んだ拍子にできたものだと訴えた。そのたび母のストレスはたまり、また手が伸びる。神経をギリギリにまで磨り減らされた母に手加減をする理性はなく、そしてまた青アザや内出血の痕を増やして学校へ向かうのだ。だが自分が消えたいという願望は消えるはずもなく抵抗しなかったために、そんな悪循環な日常はなんと二年も続いた。
あれから12歳になった俺は身長は伸びたが、体重はまるで増えていない。なぜならちゃんとした食事を摂るのはは学校給食のみで家では殆ど口にすることがないからだ。食事はあまり好きではない。食べなければ簡単に自分の願望が叶うのだ。栄養がへり、体が維持できなくなれば息絶えることができる。そうすると不思議なことに自分はまるで初めからこの世にいなかったように忘れ去られるのだ。これほど望んだことはなかった。食べたくない、と人生で初めて人に乞うた。大人達はそんな戯れ言を認めるわけもなく、以来学校では保健室に連れていかれて口に流し込まれる。小学校を卒業するまでの気の遠くなるような期間はそうして過ごし日に日に窶れていった。もう大人達もなにも言わない。母の精神もボロボロになっていた。
中学生になった。私立の学校に通うこととなり、だがうちには金銭的な余裕などないわけで、確か親戚の人達が入学金や制服代をやりくりしてくれたんだと思う。唯一電車などを使わずに徒歩で通える距離にあった中学は帝国学園であった。私立に通わせるなど、どこからそんなお金がでてくるのか不思議で、だが親戚は一様に俺がこの学園で必要な存在になるのだと言い聞かせて止まなかった。そこまで馬鹿ではない俺だが、いちいち根掘り葉堀り聞くのも厭らしかったのでやめた。入学する前に髪を切らされた。好き放題に伸びた髪はボサボサに痛んでおり、短く切るのは時間がかかった。久々に髪越しではない光を見た気がする。片方の目はもう二度と物を映すことはないが、左目は確りと一望を捉えていた。
入学式。その日、初めてこの学園の制服をきた。存在が認められたくない俺にさらに追い討ちである。後から聞けば有名な私立学園。一般家庭では払いきれない学費に日本中から集められた逸材たち。自分がこんな場所で必要になるはずがない。ここまでして生きたくない。いい加減死なせてくれ。
新品のローファーは驚くほどサイズが合っていて足がアスファルトに乗る度にカツカツと高級感溢れる音がたつ。久しぶりに歩くため、頭が思い切りかたい地面に叩きつけられたようにくらくらする。息苦しい。
訳も分からずに入学した学校はまるで自分を全否定するように堂々と佇んでいた。すれ違う人々が気持ち悪い。なぜこいつらは俺を見て嘲笑ってる?自分のような人間がこんな名門校の制服を纏っているから?やはりそうだ、自分みたいな人間は生きることを許させれてはいない。ああだめだ気持ち悪い、吐きたい、鋭利なナイフで心臓を抉られてる。ああ自分は赦されない。助けて、助けて、お願い死なせて、もう死にたい、苦しいよ、誰からも愛されたくない、あああああ僕を見ないで!!視界がブラックアウトした。

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