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□基山くんの夢
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俺の骨張った固い手がゴツゴツと骨の浮き上がったヒロトの背中をなぞる。なんでこんなに痩せこけているのか、今まで一つ屋根のしたで過ごして来たのに分かりもしない。
以前から細かったが、目の回りが窪んで浅黒くなっているのを見て改めて痩せ細ったと思う。

「ヒロト、もう何日食べてない?」
「いつも瞳子姉さんたちと食べてるよ」
「うそだ、こんなに痩せて」
「本当だよ!」

疑うおれにヒロトは怒鳴って部屋を出ていこうとしたが、咄嗟に腕を掴む。
それも刹那でおわった。
俺の手が大きいこともあるだろうが、中学生男子の二の腕を一周してもまだ余るなんて余程だ。いつからこんなに痩せた?

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ヒロトが嘔吐したと聞いたのはあれから翌日の朝だった。
俺がヒロトと話していた日の夜、父さんに呼び出されたらしい。
それを知った俺はすぐに父さんに問いたが、父さんは何事もなかったかのように相も変わらず気味の悪い笑みを作ったままだった。

ヒロトは逆流する胃液を止めるすべを知らなかった。ゴポゴポと不快な音を発てながら、もう吐き出すものもないにも関わらず、胃酸を異臭の放つそれの溜まった洗面器にぶちまける。
つんと鼻のなかを酸の刺激臭が突き抜けた。それがまた吐き気を誘い、目の奥がチカチカする。
まるで鈍器で後頭部を殴られたようなそんな、眼球を捻りとられた錯覚がした。

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姉さんが仕事から帰ってくると、いつも布団で寝ている僕の背中を撫でてくれる。
寒い外から、手袋もしない姉さんの冷たい手がうすい服の布越しに僕の骨の浮き上がった背中に触れる。
ひんやりとした全く体温の感じられない冷たさが、じわじわと背中に伝わると、姉さんがクスクス笑いながらご飯よって起こしてくれるから、僕はこの冷たい姉さんの仕事でボロボロになった手が好きだ。

「小さい頃ね、兄によく起こしてもらったのよ。ヒロトも好きでしょう?」

兄さん?
ああそうか、姉さんは僕が大好きだった兄さんの替わりだからこんなに優しく撫でてくれるのかな。
僕が兄さんと血も繋がっていないのに、ヒロトと名乗って、父さんや姉さんから愛されるのは、きっと僕が酷く兄さんに似ていたからだ。
そう考えると何故か泣けてきた。

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「南雲、暫くは基山に会わない方がいい」
不意に八神から告げられた。
理解するのには時間を用しなかったがそれに値する理由が見当たらない。
八神はそんな俺を察したのか、すぐに口を開き
「基山はそれを望んでいない」
と蚊がなるほどの小さな声で言った。

「それだけの理由で俺が納得でもすると思ったのか?」
少し、鑑みれば解ることだ、と皮肉を交えた笑みで言ってやる。
「お父様の言葉だっ!」
先ほどとは全く異なり、血走った眼で怒鳴る。普段の冷静な八神からは全く想像できない形相で。

「玲名?晴矢になにを言ったの?」

ガチャリというドアを開いた音がしたのは、ヒロトのその声を聞いた後だった。ヒロトは寝巻きのままの姿で立ち尽くしていて、八神と俺を交互に凝視している。

「基山なぜ起きた」
「父さんがいないから」
「瞳子姉さんがいたはずだ」
「姉さんはいないよ」

だって僕が**したんだもん。
ヒロトの口が、音を発することなく動く。実際に言ったのかも分からない。俺の耳が現実を受け入れたくないためにヒロトの声を遮断したのかもしれない。

「どうして晴矢にそんなこと言ったの?」
ヒロトが八神に問う。
「父さんの命令だ」

八神は表情の筋肉を動かすこともなく答えた。しかしヒロトは裏腹に青ざめる。

「どうして!?僕が悪い子だから僕から晴矢をひき離すの?僕は父さんの言う通りに生きてきたのに!!まだだめなの!?なにが足りないの?まだ僕は父さんから愛されないの?姉さんと一緒だ、だから父さんは、あの人は僕を殺そうとしたんだ!!」

いま、ヒロトはなんと言った?父さんが殺そうとした?ヒロトを?

「落ち着いて、ヒロト、父さんはあなたを殺そうとだなんてしていない」
「嘘だ、じゃあなんで僕は一度死んだ!?父さんが殺したからだ、姉さんがそう望んだからだ!!」
「お前のただの妄想だ!」
「違う!!吉良ヒロトが、父さんの本当の息子が僕に言っていた!!全部知っているんだ!だから僕は姉さんを!!」
「場所を弁えろ!」

なにを言っている?わけがわからない、死んだとか殺したとか。俺の知っているヒロトは基山ヒロトだけだ。吉良ヒロトって誰だよ。

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