!!

□或る可能性の示唆
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「達海さん、食べないの」

「……」



並べられた料理に口をつけない達海に持田はため息を吐き――林檎を手に取ると達海へと突き出した。





「ほら」

「……死人にそれは要らない」



ふいっと達海は顔を反らすと部屋にある嵌め込み型の窓から水平線を眸にうつす。






「――あの海賊が助けになんか来るわけないじゃん」

「……」

「ねぇ、俺を見てよ」

「……お前の胸にナイフ突き刺さってお前がだんだんと死んでいく様なら見てやんよ」





話しかけんな。

窓の外から目を離さない達海に持田は「なんで?」と小さく呟く。

気高さや威厳などこの手で千切ったはずだった。
自由に海を駆けたいと思えないよう足を捕まえたはずだった。
何処も見れぬよう首をくくり、俺だけを見るようにしたはずだった。


なのに、なんで、なんで。








「ッなんでだよ!」




手に持った果実が達海の覗く窓へと投げつけられ、達海がようやく持田へと振り返る。





「俺はあんたの為ならなんだってするよ、誰だって殺すし、国だって潰せる、金だって財宝だって、俺の方が持ってる、なのになんであんな、小さな海賊船に執着すんの、あんな」

「癇癪起こした子供みたいだね」


同情するかのような目で持田をうつした達海が呟く。
違う、こんなの、違う。







「…そんな目で俺を見んな」






「っ!」



持田に首へ手をかけられた達海が顔を歪めた。
ぐぐぐと首にかかる力が強まっていく。





「っ、あ゛…ぅ…」

「ほら、俺をうつして」

「ぐっ…」




「愛してるから」





持田の手を掴んでいた達海の手がぶらり、と下がる。
意識が飛びそうになった達海の耳に第三者の声が響いた。









「―――持さん、それ以上やると死にます」






部屋に入ってきた三雲を持田が見――舌打ちをする。





「なに、三雲」

「軍の人間が来てます」



あー…わかった。

持田から手を離された達海が盛大に咳き込み――部屋を出る途中持田が三雲を殴った。






「――――ッ!」





それから持田が壁に倒れ込んだ三雲の腹に蹴りを入れる。





「俺の許可なしに此処入るなって言ったよな」

「っ、す、ませ…ん」




「次は殺す」




部屋の外へ持田が出て行くと腹をおさえながら三雲が起き上がる。
達海は喉にふれた手を三雲へと伸ばした。





「…ありがと」

「―――若しあんたが死んだらとばっちり食らうのは俺たちで、だから庇っただけです」





達海の手からふいっと顔をそらし、三雲が呟く。






「うん、だけどありがとう」

「――――あんた、」






前は人形みたいに死んだ目してたのに。







「人間らしくなったんですね」



ふわりと笑ってみせる顔に。
自分の感情を隠さない姿に。
変鉄もないひとつの仕草に。

船から逃げる前には失っていたそれが組み込まれている。






「―――たぶんね、」




伸ばした手を自分の方へと戻し、達海が目を瞑って微笑んだ。

目を閉じればいつでも。
あの小さな船がそこにうつる。







「夢を、みていたから」





バカみたいにその夢をもう一度みたくて。
その夢の中にいた自分に焦がれている。

(だけど同じ夢を二度もみれないのはわかってるから)









「…その夢が正夢になるのを、俺は朝を迎えるたびバカみたいに願ってる」





















『…こ、れは』

『うん』


ほどかれた包帯の下から露わになった左胸の孔に後藤が目を見開く。

これは、






『俺は確かに死んでる」






孔にふれようとし――手を引っ込めた後藤に達海は微笑み、再び包帯を巻き始めた。







「達海、お前…」


「どうしてこう成ったかは、言えない」





ごめんね。

小さく呟いた達海に後藤は眉を潜め――それから意を決したかのような目で達海を見、口を開こうとした。





「達



「だからね、後藤」





その顔を、その言葉を、とらえるのは二度目だった。






「生きてる人を逝かすのと死人を生かすの、どっちが重いかお前にはわかるよな」

『たったひとりの海賊と何千人もの海賊、どっちが重いかわかるよね、後藤?』





「―――たつみ、」





俺は二度もお前を見殺しになんかしたくない。
お前が望むのなら何処にだって逃げよう。
もう目の前で喪うのだけは、








「……すまない、」



言いたかった言葉は口の中で消え、謝罪の言葉と涙だけが溢れ出る。
膝をついた後藤に手を握りしめた達海がふわりと笑う。






「それが、俺が何度も何度も船に誘った――後藤だよ』



お前が変わってなくてよかった。

嬉しそうに言う反面、達海の手は震えていて。
ただただその手を握りしめることしか、できなかった。



















「達海が持田の手から逃れて直ぐ――この街に持田がやって来た」






『―――良い街だねぇ、後藤さん。特に女・子供が元気で』



俺のね、愛するヒトがいなくなっちゃったの。



『若しあんたが昔乗っていた船の船長が万が一「帰って」きたら…教えてくれないかなぁ?
教えなかったら――どうなるか解ってるよね?』






「…最初は頭がおかしいのかと思っていた。
だがあの日現れた達海を見、持田の言葉の意味を理解した」




そして抱き締めた体の冷たさ、異様な肌の白さと何よりも胸に空いた孔を見て、思った。







「俺はまた…、あいつを犠牲にしなければならないのかと」





ぐっと拳を握りしめ後藤が震えた声で言葉を紡ぐ。
話を聞いていた堺はすっと水平線へ目を向け、「あいつは」と小さく呟いた。








「あいつは、何か言ってたか」




「…――――達海は、」




海風が吹き抜けていくなか、その言葉を聞いた堺は目を見開いた。










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