捧げもの
□しんかろん
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かぞく、というのを俺は知らない。
たぶん知ってたのだろうけど――中学の時全部喪った。
夏の暑い日、母親が首を吊ってるのを見たその時から俺は母親の笑顔を思い出せないでいる。
「――――、」
「お、どーした赤崎」
部屋から出、リビングに向かうと丁度冷蔵庫から水の入ったボトルを仕舞おうとしていた達海に話しかけられる。
達海は赤崎の顔に何かを見つけたのか眉間に皺を寄せると冷蔵庫を閉めた。
「こわい夢でもみた?」
そんなガキみたいな夢。
見るわけないと言おうとした言葉は続かず、達海は「しょうがねぇなぁ」と笑みを浮かべると赤崎の頭を撫でた。
「母さん、おはよう」
新学期に突入し、めでたく進級した椿は一年の頃と変わらずサッカー部なのだが――今日は朝練がなかった。
いつもよりゆっくりできるなぁと時計を見、それから仕事に行くにはもう起きてくるはずの達海が起きてこないことに首を傾げる。
「達海さん、朝……」
達海の部屋の扉を開けた椿が硬直する。
「あ、椿おはよ」
ふぁーと大きなあくびをして起き上がった達海が「起きろ」と隣で寝ている赤崎の頭を叩いた。
「な、な、な、なんで、」
「いやー赤崎がさぁ、こわい夢見て眠れなくなっちゃったらしいから一緒に寝てやったの」
「―――違うっスけど」
おはようございます
達海に挨拶をした赤崎が椿と目を合わせる。
達海に見えないように赤崎が口許を緩めた。
「――――!!」
あ、椿も一緒に寝たかった?
ベッドから降りた達海が喋る言葉など椿に届くわけもなく、椿は最大のライバルの登場に焦りを覚えていた。
「あ、そーそー」
ばちばちとどこかで火花を散らす二人を置いて部屋から出た達海がひょっこり顔を出して笑みを浮かべる。
「今日は夜みんなで外食。
かぞくふえたからその記念」
部活終わったら俺の会社に来ること!
にひと達海は子供みたいな笑みを作るとなにかの歌を口ずさみながらリビングへと行ってしまった。
*
「達海さーんおはよー!」
どかーと背中に抱きついてきた新人社員の持田に達海はため息を吐き振り返る。
むこうでは「ワタシノポジション、ワカソーニウバワレタ!」「ワカソーじゃなくて若僧な」「なんかワカメみたいだなー」と昌洙や星野、八谷が話している。
「達海さん好き!付き合って」
「残念、俺子持ち。」
「ぎゃははは!
子持ちとか燃えるわー」
ずるずると持田を引きずりながら達海が自分の部署へと向かおうとし――「達海さん」と星野に呼び止められて足を止める。
「おー星野。今日も昌洙のお守りお疲れさま」
「…ああ、はい」
「オモリッテナニー?ヤモリー?」
「全然違うぞ、昌洙」
相変わらず好き勝手に話してる星野たちに達海は笑みを浮かべ――星野と八谷の顔がどこか曇っていることに気付き――「どした?」と問いかける。
「…あの人が、今日この会社に来るみたいです」
「―――、」
「建前はこの会社との契約としてるみたいっスけど専ら達海さんを探してるって噂っス」
「俺たち部署は違いますけど…達海さんいなくなんの嫌ですから」
「――――ん、」
ありがと。
心配そうな顔をした二人に達海は笑みを浮かべると持田の額を「離れろ」と叩き、部署に入った。
「達海さん、あの人って?」
「俺の…――まぁ…たいせつな人?」
なんで疑問系なの
にひひ、だって
「俺はきっと憎まれてるから」
そう呟いた達海の横顔はあまりにも寂しげだった。
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