!

□芸術の都にて怪盗は微笑む
1ページ/5ページ






「こんばんはぁーっと」




闇夜に紛れた一人の男が音も立てずに美術品の前に降り立って微笑む。

硝子の箱に仕舞われた芸術品の美しさに男は乾いた唇を舐めた。
男は、このご時世には珍しい『怪盗』という職業につく者だった。






その名も「Mr.T」。


幾ら厳重に倉庫へそれを仕舞おうが、屈強な警備員を雇おうが、精密な機械による素晴らしいセキュリティを張り巡らせようが、目をつけたものは予告通りにいつの間にか盗んでしまう大怪盗。


美術品が彼の元まで歩いて行って連れて行けと言ってるんじゃないのか、という皮肉交じりのジョークが飛ぶほどの華麗なパフォーマンスは多くの国家や政治家、各国の警察や犯罪組織にまで目をつけられている。





男はにひひ、と彼特有の笑みをこぼすと手に入れた美術品に口づけをした。
まるで再会を歓ぶ旧友がするそれのように、或いは初対面の人間にする軽いそれのように。





「さてと、さっさと帰ろうか」





ようやく侵入者が入ったことに気付いた――此処の館長は男が予告状を送りつけた際、「この美術館のセキュリティは蟻一匹の侵入も許さない」と豪語していたのだが――その素晴らしいセキュリティシステムが響かれる警報の音に、男はやれやれと肩をすくめる。







「急がないとアイツが来てメンドーだしね」





男は言葉とは裏腹に愉快そうにそう言い、退路へと向かった。

途中ようやく到着した警察ににひ、と笑みを浮かべてから男が気に入っている、失敗した人をくじけないよう励ます言葉を励ましとして、ついで皮肉を添えて口にした。








「Midnight is where the day begins.」
(真夜中は一日のはじまりだよ)









警察が罵倒する暇も与えずに男は闇に消えていく。
そうして大怪盗は闇に融けてしまった。









.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ