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□今は昔・で始まるとあるお伽噺
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今は昔、




この世には人ならざるものが存在し、その時代はそんな異質な存在と人が少し近かった世。

たとえば暗がりに目を向ければたまに何かが蠢いたり、たとえば暗がりで耳を澄ませばたまに何かが囁いたりした。





人はその何かと共生し、
何かも人と共に生きた。







これはそんな風変わりな世であった時代のこれまた風変わりな噺のひとつ。

















「…東でお侍様の幕府が根を張った。
西はお侍様が胡座をかく天が憎くて仕方がない」




手鞠をころころと手で弄びながら美しい蒼の布地に赤い金魚が踊る着物を纏ったそれが笑う。



それの首には鉄の首輪。



それを閉じ込めた檻の入り口に首輪から伸びた鎖がくくりつけられていた。
それはそんな首輪など気にもならないのか手鞠を転がしては愉しそうに呟く。





「―――…ああ、歯車がぐるりと動いてこの世を噛み砕く様をみたい。
西は東を天から引きずり下ろしはしない。東は東、西は西」




「おい、」







手鞠で遊んでいたそれは檻の外にいる男に目もくれずにただ、手を止めた。

それを閉じ込めた男の部下は特に気にもしないのか言葉を続ける。






「俺の代わりに新しく此処を護衛する新人だ」





特に自分を監視する人間に興味などなかったそれはその人間が去っていってから、檻の向こうにいる新人に目を向けた。

あかい目、と新人が言う。







「ねぇ、名前は?」






それに名前を聞かれた新人は少し驚いたのか目を見開いて首をかしげた。



それには透き通るような白い肌と眸の下や所々体の一部にある光によって色の変わる鱗があった。
眸の色は右目が血の様に赤く、左目が海の様に蒼い。

異質な存在だと一目でわかった。






「俺に話しかけてんの?」

「君以外に誰に話しかけるの?」





俺は達海っていうの、と新人に名前を問いかけてきたそれは言う。

ね、名前は?と名を言うように促された新人は突然「ぎゃはははっ」と大きな声で笑いだした。





「はははははっ…あんた面白いね、異質な存在はどれほどの人嫌いかと思えば、こんなにも人懐っこいとは」





そう言えば達海と名乗ったそれは唇を尖らせる。

新人は檻の中に手を伸ばすと、近くまで寄ってきた達海という男の首輪を掴み、乱暴に自分の方へと引き寄せた。





「…っ!」



「俺はさぁ、持田っての。
この国に神様同様祀られてる人間がいるって聞いたから潜ってみれば…人間なの、あんた?」




「………人間だと思うけど、」






唇を尖らせていた達海が手を檻から出し、持田の首に人差し指をつける。

人とは違う感触だ、と微かに身を退いた持田に達海はにひっと笑った。






「小僧があまり図に乗ると、ぺろりと一口で喰らっちゃうよ」



「……参ったね」





これだから人間ってかわいーの、と達海は持田を出し抜いたことに機嫌を直したのか笑う。

持田は顔をしかめながら達海の首輪から手を離した。





「……あんた幾つなの?」

「さぁ幾つだろうね」





ちゃんと護衛してね、と達海は言ってから持田から離れ手鞠を手に取る。

それ面白い?と持田が聞けば達海はこれしかないからねと応えた。





「持田、外の噺をしてよ」

「なんで?」







「…俺は随分と外に出てないから」







そう言って自分の足首を撫でた異質な存在はあまりにも奇麗な目をしていた。








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