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□今は昔・で始まるとあるお伽噺:弐
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今は昔、
その世には人ならざるものが存在し、その時代はそんな異質な存在と人が少し近かった世。
たとえば暗がりに目を向ければたまに何かが蠢いたり、たとえば暗がりで耳を澄ませばたまに何かが囁いたりした。
人はその何かと共生し、
何かも人と共に生きた。
これはそんな風変わりな世であった時代のこれまた風変わりな噺のひとつ。
逃げる、逃げる、逃げる。
転ばないように、逃げる。
そこは戦場だった。
その時の記憶はない。
ただただ逃げ惑ってそして辿り着いた池で話しかけてきた存在が俺に言う。
「助ケテヤロウカ?」
助け?こんな状況でそれを願わない人間がいたら見てみたいよ、俺は。
だんだんと薄れゆく意識のなか、頷いてしまった。
そして、そして、
「………ッ!」
「達海さ…ん、?」
突然起き上がった達海がはぁはぁと肩で息をしながら何処か虚ろげな目で、掛け布団を握りしめた手を見る。
隣で眠っていた持田は目を覚ましたのか起き上がり、達海の手にそっとふれた。
「も、ちだ…?」
「大丈夫だよ、此処は達海さんを閉じ込めてた檻の中じゃない」
赤い瞳と蒼い瞳は持田を捉え、月明かりに照らされた、目の下や所々体の一部にある鱗はそれを反射していた。
それは一目でわかる、異質な存在だった。
…人魚の血を飲んだ人間。
人魚の血や肉を喰らった者は永く生き、傷の再生力もそれこそ人間とは比べられないものとなる。
それ故にそれは永く生き、神社に祀られそして屋敷に閉じ込められていた。
そしてそのままだと思っていた。
自称、この世の歯車をぐるりと一周回していつかは天に胡座をかく男…――持田に出会うまでは。
「……ん、へーき」
「達海さんの眸は本当に奇麗だよ」
自分よりも遥かに若い男はそんなことを言って微笑んだ。
望んでる以上のことを簡単にするこの若者にはかなわない、と達海はせめて赤い顔を隠すために再び布団に潜るのだった。
*
「達海さん、あまりその姿を他人様に見せないでください」
「メーワクだもんな」
「いえ、奇麗なんで連れてかれちゃいます」
達海が持田にさらわれてから何かと達海の世話を焼く三雲が、頭である持田率いる集団の本拠地…とある東の国の宿屋の前で箒片手に達海に話しかける。
紺の着物に身を包む達海が三雲に目を丸めてから笑った。
「お前も優しいのな」
「!そ、それは
「達海さん、持さんからこれ」
三雲をぐいっと達海の前から押し退けた堀が深緑色の羽織を達海に渡す。
「あんがと」と達海は笑うと羽織を頭からかぶった。
「(『達海さんだから』とか、そんなこと言わせませんよ、三雲さん)」
「(……わざとか、お前)」
「(こっちだって持さんの目盗んで話したいんすよ)」
「(…それは俺も)……あれ、達海さん、どこ行った?」
「え、」
こそこそと言い争い、火花を散らす二人だったがいつの間にか達海が消えていることに気付き顔を青ざめさせる。
「た、達海さん!?」
「あ゛ー、こんなんなら羽織渡さなきゃよかった!!」
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