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□罪と愛を引き金に懸ける
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「それは人助けでもなんでもないただの罪だぜ」




生かすのは罪だといつも血のにおいを漂わせている長身の男は言う。

死にたがっているのに――死にたがっていて最良の選択をしたのに――その選択から得られた何かを摘み取ってしまうのは、罪だと彼は言った。





















「………なんで生かした」




最良の選択をして後は答えがくるのを待っているだけの人間に罪なことをするといつもその言葉が返ってくる。

その言葉を返してくる者達はいずれも閉じたはずの目が開いたことに驚き――そして血溜まりが広がる固い地面に倒れていた感覚が真っ白で柔らかなベッドの上だということに呆然とする。
そしてあの言葉を吐くのだ。ぽつり、と。








「俺は死にたかった、なぜ俺を助けた、」





それを聞くのは何回目、いや何十、何百回、何千回目だろう、とベッドの脇にある丸椅子へ腰を下ろす男は思った。






「人助けをしたと思ってんなら


「想って、ないよ。ただの自己満足」




路地裏で血溜まりに浮いていた人間を自分の拠点へと運び手当てをした男は淋しそうに笑う。

身に纏う白衣がやけに白く見えた。









「だから罪じゃなくて趣味なの、俺がそういう願望者を助けるのは」





意味がわからないと眉間に皺を寄せる人間に白衣の男はただ口許を緩める。






「願望者ってことは願い望むだけでそれを誰かが叶えてくれるのを待っているだけ。
首許に両手を架けて力を込めるだけなのにそれをしないのはどこかで願望してるから。
…どこかでその願望を否定してくれる何かを待っているから」





俺が生きたいとでも?と言いたげな人間の睨みに白衣の男は応えることはなく、部屋を出て行こうとする。


その願望が間違っていると解っていても止まれなくて暴走してしまう願望が在る。
誰かが叶えなくしてくれるのを待ってる願望を持つ奴が居る。

願望は誰にもできるが、それを自ら実行にうつせる者は願い望むことなどしないのだから。








「――――…なぁ」





足を止めた白衣の男の背に――男が何回、何十、何百、何千回と聞いた言葉を――願望を摘み取られた人間はやはりぽつり、と呟く。








「………ありがとう」






生かしてくれて、ありがとう。






「…自己満足だってば」


静かに咽び泣く男へ背を向けている白衣の男は困ったように眉間に皺を寄せて呟いた。












そこは無法地帯の街。

法律で縛られることはなければ社会の規律に守られることもない。
しかし法律で守られるはずの人権もなければ規律で護られるはずの道理も無い。

自由と不自由が表裏一体の世界であると言ったのはヒトツキ前に死んだ知り合いだったか。


呆けるようにグラスに注がれた酒を見ていた男が音もなく後ろに立っていた男に名前を呼ばれ、振り向く代わりにグラスに伝う滴を撫でた。





「達海さん、あんたまだ罪を重ね続けているのか」

「罪じゃなくて趣味だっていってんじゃん。
大体どこで耳に入れてくるかな〜」



カウンター席の隣に腰かけたスーツに身を纏った長身の男へ、白衣を肩に引っ掛けている達海は眉を下げて笑った。
微かに漂ってくる――常人は気付かない本当に微かな――血のにおいに達海は顔をしかめる。





「相変わらず嫌なにおい漂わせてんのな、ドリ」

「こんな微かな血のにおい、あんたしか気付かねぇさ」



グラスを揺らして遊ばせている達海に緑川と呼ばれた男は忍ばせた銃へと触れ、笑った。

この世界は不自由で埋め尽くされている。
それと同じくらい自由にも。
つまり理不尽な世界だと誰もが口にしそして素晴らしい世界だと誰もが囁いた。




「此処にいる奴らはこのにおいしか知らない。だから微かなにおいなんか気にもなんねぇのさ」



此処を素晴らしい世界だとも理不尽だとも言う緑川はくつくつと喉の奥で笑い、達海の髪にふれる。
グラスを揺らしていた達海の手がピタリと止まり、水滴がカウンターへと墜ちた。






「だからまだ嗅ぎ分けられる内に此処から出て行きな、達海さん」

「ハッ、闇医者である俺にどうやって表舞台にあがれって言うのドリ?」





頑固だなぁと苦笑いした緑川の手が達海の頬へと落ち、達海は緑川の肩へと体を預ける。





「引き金に指を懸けるのはまだやめられない?」

「やめるも何も選択する権利が俺には無いんですよ」




どこかを睨むようにして緑川の眸がすっと細くなる。
ゆったりと流れている曲を聴いている達海は眠そうに瞬きをした。









「――…俺がしていることは罪ですかい、達海さん」


「趣味、では片付けられるものではないことは確かだよ」




そうか、と小さく呟いてから緑川の唇が達海の耳へと寄せられ「行きましょうか」と色気のある――そして貪欲な獣のような雰囲気を漂わせる――声で囁く。

達海は少し肩をすくめ、それから緑川にエスコートされるようにその場から離脱した。










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