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□そして群青は涙をこぼす。
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(嗚呼、今日も)
(群青は、)
(嗚呼、もう、)
目の前が、真っ暗。
人類の祖先が初めて二足歩行を始めた時、きっと世界は目まぐるしく変わったのだろう。
だって歩くことさえ億劫となった今、こんなにも喪失感を味わっているのだから。
いっそ歩いてくれなければよかったのに、ぼんやりと押し潰されそうな青を眺めながら思う。
(いっそ空が落っこちてきて何もかも塗り潰されればいいのに)
真っ青、な。
あの群青が、おそろしい。
支えとなっていた松葉杖が地面に倒れ、音をたてる。
地面についた膝に感覚は無く、だらんと力をなくした腕が垂れる。
あのぐんじょうが、こわい。
「わらえよ、」
(こわいこわいこわいこわい)
「走れない俺を、」
(おれはほんとうは、)
「わらってんだろ、」
(こわくてたまらないんだ、)
「こんなの、」
(恐ろしくてたまらなかったんだ)
「死んだも同然だろ !」
ああ、青が、俺を。
叫んで、泣いて、喚いて、傷つけて、それでも膝は反応しない。
二足歩行できるはずの足は、まったく動かない。
「どうして、なんで、」
爪の間で鈍く光を反射する赤。
血塗れになった足。
松葉杖は地面に伏してわらう。
此方を見る、誰か。
それと目が、合う
「あぁ……」
いっそあのとき、
「………、」
「達海さん?」
ぱち、と達海は目をさました。
ああ、ヤベ、寝てた。がりがりと頭を掻きながら砂嵐を起こすテレビの画面に資料の山の中から手探りで発掘したリモコンを向ける。
達海が再生ボタンを押し、ベッドへと視線を移すと寝っ転がって雑誌を読む持田と目を合わせた。
「…ふほーしんにゅー?」
「なんで疑問形?」
くすくすとわらう持田を見、ああそうかこれは現実か。と達海は思う。
服越しに足の傷を指で撫でた。
「……持田ぁ」
「なに?」
「ごめんね、もう、無理」
「……、」
くしゃりと笑った達海の体を――なにも言わずに起き上がった持田が抱き締める。
抱き締められた達海が「もちだ、」と小さく名前を呼んだ。
「もう無理、」
「ずるい、待っててよ」
「こわい」
「大丈夫、平気だから」
「こわいんだよ」
「達海さん、」
「群青が俺を殺そうとしてる」
青が、俺を。
もう背負うものはないのにね、と同情するような言葉を口にして持田は笑う。
おれもこうなるのかなぁ、そう言って可笑しそうに笑う。
「潰されて、しにそうだ」
二足の足で立ち、空を見上げた人類の祖先はその青に夢を抱いた。
(歩けなかったその時は、恐れを抱いたものだったのに)
夢の潰えた先にはなにも無く、
道の無い処を歩く足が、無い。
「ばいばい、もちだ、」
壊れた笑みを浮かべた達海がかくんと後ろへ頭を垂れる。
そうして逃避するように意識を手放した達海の目許を持田は愛しげになぞり口付けを落とす。
大切に、これ以上壊れないようにと。
「……おやすみ、達海さん」
ごめんね、まだ死なないで。
だけどその時が来たら、俺が先に死んであなたをこの世界に縛り付けてあげるから。
(俺は死にたいけど、あんたには死んでほしくないんだ)
持田は静かに笑うと達海の体をだき抱え、ベッドへと寝かせる。
目尻から頬へと伝う涙を指の腹で拭うと持田は小さくわらった。
「ほんと、リフジンだよ」
そして群青は涙をこぼす。
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2012.2.19