!!!
□深海に墜ちる、
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沈む、沈む、沈む。
光が、遠い、
嗚呼、水面に手が、
(ねぇ、助けてあげましょうか)
だれ、
(さぁ、願って……?)
「―――――!」
ごほ、とまるで今まで息をしていなかったかのように――肺へと流れ込んできた酸素にむせる。
たしか、今のは。
「あれ、は、……」
上半身を起こし、達海は自分の胸に空く孔を見下ろした。
かたかたと震える手をぎゅ、っと握りしめる。
「―――、達海さん?」
どしたの、
やけに優しい声をした持田の手が握りしめられた達海の手にふれる。
なんでもない、持田の手を払いながら達海が言えば横で寝ている持田は笑った。
「嘘つくの下手だよね、あんた」
「…うるさい」
「―――俺、知ってるんだよ」
眼帯を外している持田が右目の傷を指でなぞる。
体を起こしている達海は寝っ転がる持田を見下ろした。
「≪ハート≫を手に入れるために必要なのは匣に入った≪心臓≫、そして―――心臓を奪われた≪ジョーカー≫」
「…だからなんだよ」
「達海さんは≪ハート≫を手に入れることができないんでしょ」
目を見開いた達海に持田はやはりうっすらと笑った。
それから右目にふれていた指を外し、ランプの横にある一枚のカードを手に取る。
「あんたは本当に――低俗で醜い俺たちと違って高尚で綺麗な化け物だね」
あまりにも、あまりにも。
だから。
俺はね、もう駄目だよ。
「……あんたを、殺せない」
ほんの一瞬だけ――狂っていない持田の一面を見たような気がした達海が口を開く前に、持田はランプの灯りを消した。
波の音が響く。
「だから躊躇うことなくあんた以外は殺せるんだよ」
暗闇の中で持田が笑う気配を察知し――達海は横になると目を瞑った。
まぶたの裏では小さな海賊船が波に揺れる景色だけが達海を待っていた―――
待っている、はずなのに。
「………なに、これ」
喋る度にぶくぶくと口の端から泡が溢れ上へとあがっていく。
釣られるように上を仰ぐと――闇の遥か向こうに――ゆらゆらと光を通して乱反射する水面が見えた。
「チェス……?」
闇の中に立っている達海が辺りを見回し、目の前にある一つの――小さく、まるでフラミンゴの様に足が長い一本足の水晶で出来た丸テーブルを見つける。
その机上には盤が置かれ、盤には透き通るような紅い石と碧い石で造られた駒が並んでいた。
そしてその丸テーブルを挟んで向こう側、テーブル同様長い一本足の椅子に座っていたのは――――
≪…よぉ、俺(ジョーカー)≫
「……俺?」
かつて海賊王で在った達海の姿形をした男が此方を見て笑う。
気に入ってたコート、腰に差した金銀二丁の銃、頭へ乗せた海賊王の帽子、そして―――剣。
「…夢、にしてはすごくリアルな夢だね。水面に映った自分を見てるみたいだよ」
≪嗚呼、この形は貸してもらってるだけだよ。
お前の記憶の中で一番はっきりと残ってた形だから≫
ふーん、ていうことは――あんた、どちら様?
ナニカの向かい側に在る椅子に座りながら達海が問いかける。
問われたナニカはクスクスと笑いながら盤を見下ろす。
≪チェスは得意?≫
「……まぁまぁ」
先攻は俺からね。
ナニカが駒を前に進めると達海は目の前に並ぶ駒を前へ置く。
≪……さてと。
下らぬトランプ遊びをするのもいいけど――、もう一つの役目を忘れたわけじゃないよね?≫
「……」
≪…その顔じゃ忘れてたな?
お前は二つの鍵だ、何よりも近くしかし何よりも対となる二つの匣の鍵≫
「…、願ったのは俺、か」
≪…、奪ったのは誰だ?≫
「……」
≪応じろ、そして答えろ。
お前は誰にそれを奪われた≫
達海の形をしたナニカが達海を睨み、達海は敵の駒を弾くと「解らない」と応えた。
≪だけど【知ってる】。
答えろ、俺が管理するこの海に――得体の知れない存在は要らない≫
「管理―――?
嗚呼、だからお前海賊王の形を真似てんのか」
≪ふふ、こういう形もあるぞ?≫
≪「――――――達海、」≫
駒を弾いた達海の目が見開く。
目の前にいたナニカの姿は――かつて争った海賊王の形を模していた。
「…、成さん」
≪…この形は拾ったんだ。
しかし面白いことにコイツ、死ぬ間際だったらしくてな、俺のおかげで【死んでいない】んだ≫
嗚呼、そうだ、こうしよう。
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