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□その男、神さえも欺く思考を巡らせる。
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色艶やかに見る者を惑わせる提燈と女共の着物の色。
遊郭――吉原と呼ばれるその場所でどの客よりも女を連れ歩く男が一人。
この時代には珍しくこの国の者とはどこか――まるで浮世離れしたかのような――顔立ちと雰囲気を漂わせた美男子が自分の元へ向かってきた男を見、優しく微笑んだ。
「やぁタッツミー、どうしたんだい?」
「用が有る。顔貸せ」
おや、君からのお誘いは珍しいね。
男は嬉しそうに笑みを浮かべ――自分を取り巻いていた女共からは興味を失ったのか――自分を訪ねてきた男へ歩み寄る。
女共はそんな男を引き止めようとはせずに「またご贔屓に」と媚びた笑みを浮かべて散らばっていった。
「タッツミー、血の匂いがするね」
「わかったんなら話が早い。
お前に診てほしい怪我人がいる」
「ああもう、いつも貴方は医者としての僕しか必要としないんだから!」
男は嘆くように額に手を添え、それから自分の目の前に立った男の顎を優しく掴んだ。
「タッツミーの願いなら仕方ないね、患者のとこに案内してもらえるかな?」
「話が早くて助かるよ、お医者サマ」
ちゅ、と軽く口付けを交わすと医者と呼ばれた男は満足げに微笑み、男と歩き出した。
そして時は数時間前に遡る…―――――
◇
赫い刃が肉を、斬る。
血が宙に舞い――かろうじて目を斬られないよう身を退き、軽く頬を斬られた――緑川は体勢をどうにか持ち直そうとし、地面についた膝を上げようとする。
その瞬間にはもう赫い刀を振り上げている辻斬りが目の前に立っていた。
笠で顔は見えない。
刀が振り下ろされ、緑川の肩を斬り落とそうとする。
「――――ッ!」
キィン、と金属がぶつかり合う音。
緑川は目を見開き――刀を手に持つ銃で受け止めた男は「ぎゃはっ」と特有の笑い声をあげて笠の下を見ようとした。
「あんたが辻斬り、かい?」
刀を銃から引き放すようにして振り払い、足元に下げた刀を人影が勢いよく振り上げ――銃を持った男の左目を斬ろうとする。
男はそれをぎりぎりのところで空を仰ぐようにして避け、辻斬りの額に銃口を押し付けた。
「大陸産は威力が違うらしい。
――――…風穴開けて試してみる?」
男が笑って引き金に指をかけると辻斬りは人間離れした速さで男の持つ銃を弾き飛ばし――闇の中へと消えていく。
「待ッ…」
「持田!今はドリを運んで」
チッと舌打ちをしてから持田と呼ばれた男は弾き飛ばされた銃を拾い、自分を呼んだ男のもとへと歩み寄った。
「ドリ、大丈夫?」
「まさか持田に恩売られる日が来るとはな」
「達海さんが行けって言ってなかったら野垂れ死にさせてやったのにね」
「い組」と背中に書かれた羽織を身に纏った男は苦笑いをすると頬から流れた血にふれる。
他にも斬られた箇所があり、全てをこの暗闇の中で――相手の足音、殺気、気配、呼吸で行動を予想し――紙一重で避けていたことがわかった。
伊達に、い組の頭をやっているわけではないようだ。
「持田、ドリをスギんと連れてって」
「なんで俺が、
「持田」
じっと達海が持田を見つめると持田はしぶしぶと緑川の方に手を回して立ち上がらせる。
江戸に住まう者が見たら――この世の終わりではないかと大騒ぎするような光景だった。
「でもスギは東洋の方の医者だからこの傷はアイツの方がいいかもね」
「悪いな、達海さん」
丁度ドリと話がしたかったから気にすんな。
達海は微笑んでそう言い、持田へ「もしドリをそこらに捨ててついてきたら二度と口利かないかんな」と脅し文句を吐いてどこかへと歩いて行く。
まるで子供にするような――常人からすれば江戸の業火に口が裂けても言わない――脅し文句に、言われた本人は「そんなのあり?」と達海がいなくなったら真っ先に放そうとしていた緑川の肩をちゃんと担ぎ直した。
「天下を取る江戸の業火も情報屋には頭があがらない、か」
「だからこそ怖いのは天よりも上にあの人だよ」
持田は苦笑するように言い、緑川は目を丸めてから「違いねぇ」と呟いた。
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