◇
□その男、辻斬りと相対す。
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『ああ、あの方は消えてしまった。
この刀を振るう意味など、』
しかし、ああ、嘆かわしい。
なんて嘆かわしいことよ。
あの気高き血が絶えるのは。
嗚呼、嘆かわしい。
やはり、もう一度…。
『本当だ、嘆かわしいことだ』
何かに葛藤する男の前に―――二人の男が現れてこう言った。
『再び江戸の町で――天下の膝元で派手に動けば――あの方はきっと姿を現す』
あの方が現れるのならば。
「それ」は再び―――赫い刃を光らせる刀を手に取った。
◇
からんからん、と下駄の音を響かせ―――橋の上を歩く影が一つ。
橋の真ん中に差し掛かったところで人影は立ち止まり、後ろをつけていた笠をかぶった人影へと振り返る。
「辻斬り―――ってのはあんたのこと?」
「―――!!」
キセル片手に問いかけた江戸の情報屋―――達海が目を細め笑った。
辻斬りはようやく自分が囲まれていることに――嵌められたことに――気付き、じりと後ずさりをしようとし、背後にい組という羽織を肩にかけた男達がいることを察し足を止める。
達海の後ろにもそのい組と対立する―――持田という男率いる―――反幕府勢力の男達が立っていた。
「今夜此処で会えると思ってたよ」
「…俺がお前をつけると、判って、」
「だって辻斬りは人を斬るんでしょう?」
そんでようやく見つけたのが俺だったわけだ。
辻斬りが口を開く前に達海は辻斬りから飛び出す問いが解っているとばかりに―――笑い声をあげて口にくわえたキセルを離し息を吐いた。
「何故今夜に限って江戸の町を歩く者が一人もいなかったのか――――?、だろ」
不気味なくらいに誰もいなかった江戸の町を思い返し辻斬りは達海を睨む。
達海は愉しそうにわらっていた。
「ちょっと【知り合い】が多いんでね。
【今夜】は【誰一人】として【外に出ない】よう【噂】を流しておいたんだよ。
『反幕府勢力とい組が衝突するからとばっちりを食らいたくないなら外に出るな』ってね」
お前はそんな噂を知らずに誰もいない江戸の町を人を探して歩き―――俺を見つけて嵌められた・ってわけ。
「現れたってのにもう終わりか」と呟いて残念そうな顔をした達海に辻斬りは呆けていたが――ハッと我に返り、達海の腹を蹴り飛ばした。
「―――ッ!!」
「達海さん!」
持田が蹴り飛ばされた達海の体を受け止めたのとほぼ同時にい組や反幕府勢力の男達が辻斬りへと駆け寄り――辻斬りは端から川へと飛び降りると浅い水辺を走り、闇の中へと融けていく。
「っごほ、逃がし…たか、」
「達海さん平気っ……」
橋の向こうから駆け寄ってきた椿が言葉を呑む。
同じように駆け寄ってきたい組の男達も足を止め――沈黙を生み出した元凶を瞳にうつした。
「達海さん、この作戦は止めだ」
達海が羽織っていた赤の羽織は蹴られた時の衝撃で舞い上がり、橋の下の―――水面に揺れていた。
自分の女物の羽織を達海の肩に掛け――持田が達海から手を離す。
「…持田、何処行くの」
「―――…鼠を喰らいに」
反幕府勢力の頭である持田が―――久々に爪と牙を剥き出しにした重々しい雰囲気に持田の取り巻きでさえ息を呑み、「こいつはいけねぇな」と緑川が小さく呟いた。
持田は下っ端の者達を引き連れ―――静かな殺気を身に纏わせながら―――闇の中へと融けていった。
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