!!

□悪意の棘でわたしを刺して
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――どのくらい日が経った?





日も差し込まない牢獄の中で一人の海賊が舌打ちをする。
時間の感覚はすでに狂い始めていた。






――処刑まで、あと何日だ




いっそ死んでしまおうか。

ふっと脳裏によぎったその考えを海賊は嘲笑い、目を瞑ると十年前に消えた人間が船にいる景色をどこかで思い出し苦笑した。





















「達海さんって十年前海に落ちて助かったんですよね!?
それから何してたんですか!?」

「んーとね、とりあえず拾ってくれた船にのせてもらって雑用とかして…そんで港についたらまた違う船にのって雑用してた」



すっかり達海になついた新人の世良が「凄いっスね!」と感心したような声をあげる。
その他にも色々なクルーが達海を囲んでいた。





「それより達海さん、コシさんの捕まった軍の基地への入り方解るってホントっスか」

「ん、たぶん合ってる」



瓶を持っている石神という男から紙とペンを渡された達海が何やら文字と図を書き始める。




「奴等一度捕まえた海賊は大物じゃない限りこの近くの港町から離れた場所にある海岸沿いの基地に拘束する。
んで、前科がある場合は処刑。村越はあの性格だから処刑されるような前科はないだろうけど」




紙に走り書きしていた達海の瞳がどこか曇る。
その一瞬の変化に気付いたのは、その集団を横目で見ていた堺ぐらいで――石神や世良は達海に話の続きをせがんでいた。







「アイツを嵌めた海賊が若し村越を処刑することを条件に軍に差し出してたら…、あと三日くらいで処刑される」





ごくり。

神妙な顔つきで生唾を飲んだクルーたちに達海は口許を緩ませると図に何やら書き込み始める。
村越奪還のため一人一人に建物の配置やどういった行動をするかの作戦内容を教えていた。








「決行は二日後の晩」






それでいい?

そう問いかけてきた達海とクルーたちの目に堺は舌打ちすると「好きにしろ」とだけ応え水平線の向こうを睨んだ。










£






きれい、だよ。
俺が捕まえたの。


俺の手に墜ちたんだ、あんた。



だから、ほら。
俺のものになった証拠。
もう、俺からは。










『―――逃げられ、ないよ』








「……!」


バッと起き上がり周囲を見回す。
震える体と落ち着かない息をどうにかするために達海は部屋から抜け出した。











「……、」


甲板へ出ると其処には誰一人もおらず、海を照らす月明かりと静かに重なりあう波の音だけが響いていた。





「眠れねぇのか」





「――――!」


肩に置かれた手を払い、振り返った達海がはっと我に返る。
そこには払われた手に触れながら眉間に皺を寄せている堺が立っていた。







「あー……ごめん」

「あんた」





海賊にしては真っ直ぐな目をしている堺は達海を瞳にうつしている。






「なんで嘘をついてた」







今日あのチビにしてた話、あれは嘘だろ。

瞳にうつった達海の顔は不気味なくらい顔色一つ変えずに「そんなこと言ったら世良が可哀想だろー」と笑みを作る。








「あんたを助けた時」





そんな達海の笑みにも動じることなく堺が言葉を続ける。









「あんたの首と足には鉄の輪がついていた」






どれも途中で鎖が千切れていて、どこからか逃げてきたのは一目でわかった。






「クルーの奴らにはそれを隠して甲板に引き上げたからアイツらは知らないが、あんたの手当てをしたドリさんの様子も明らかにおかしい。あんた一体――――」






堺の言葉が止まる。
達海は堺の胸板に額をつけると「少しだけ」と呟いた。

静かに波の音だけが聞こえる。








「そうだね、俺は船に拾ってもらったんじゃなくて捕まった」






震えた手が堺の服を掴む。






「その船の人間に闇市場へ売り飛ばされて物好きに買われた」





海を統べたかつての王の威厳などまるで無く。
下手をしたら家畜以下の生活に首輪で繋がれた檻の中の世界。

どれほど自由であったあの海を想い焦がれたことか。






「それからその物好きが海賊に殺されて俺は海賊の手に墜ちた」






ごめんね、嘘言って。

嘲笑まがいの笑みをこぼしながら呟いた達海の背中を堺は優しく叩いた。








「――…もういい。」






本当は目を覚ました時、またあの手に捕まったのかと思った。
本当は今でもいつ売り飛ばされるのかと怯える自分がいる。

誰も信じられない、誰かを疑わなくては生きれない自分が悲しくて…憎くてたまらない。








「あんたは此処にいろ」






静かに涙を流す達海に堺は夜空を仰いだまま呟く。







「あんたがアイツらを信じないのも疑うのも別に問題ねぇ。
アイツらはなぜかあんたに懐いてるし、きっとあんたもそのうち信じたくなる」







それに此処に居る誰もがあんたを否定できるほど世界に祝福された奴らじゃない。

月明かりに堺がかすかに笑った顔が照らされる。






「ごめん、必ず、言うから」


「…俺が認めんのはその嘘だけだ。
これ以上嘘を重ねたら許さねぇからな」







達海が静かに泣くのを聞きながら、堺は空に浮かぶ月を睨み小さく舌打ちをした。










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