!!

□或る可能性の示唆
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「達海さん、キレイだよ」





うっとりとした口調で囁く言葉。
左の腿に刻まれた所有印を撫でながら弧を描く口許。
孔の空いた左胸さえも綺麗だと呟く思考回路はきっとどうかしているのだろう。

(常人は誰も生きた死者を――化け物などを愛しはしないのだから。)






「きれい」





在るはずもない心に呟かれた言葉など届くはずはなく。
目を瞑った瞼の裏に小さな船と誰かの笑みが浮かんで、消えた。
























「―――で、尻尾巻いて帰ってきちゃったわけ堺君は」

「……」


甲板に現れた石神が瓶を揺らしながら水平線を睨んだままの堺へ話しかける。
堺の握りしめた拳からは血が滲み出ていた。





「―――また、諦めんの?」





あのヒトを喪った時みたいに。





「―――アイツと一緒にすんな」

「それはどっち?
堺君が見殺しにした方?
それともこれから見殺しにす――――」




グィッと胸ぐらを掴まれた石神の言葉が止まる。
石神の胸ぐらを掴んだ堺は唇を噛み締めていた。





「…ッ黙れ、」

「黙んないよ」


自分の胸ぐらを掴む手を捕まえて石神が堺を直視する。
ぎり、とその手に力が加わり堺が顔を歪めた。





「確かに俺はあんたが水落ちしたから一緒についてきた。
――俺もあのヒトを好いてたからね」




あのヒトが幸せならそれでよかった。
あのヒトは最後まで想い人の幸せを願ってた。







「あのヒトが俺に、お前がまた愛せる人を見つけるまでは友でいて欲しいと言ったから」







『ね、あの人。
すごく優しい人でしょう?』


呆れたように言う彼女は優しく笑っていた。


『きっと私がいなくなったとしてもずっと私を想うんでしょうね』





でもそれって淋しいわ。





『だからあの人がちゃんと違う人を好きになれる時まで、私の代わりに見張っておいてくれないかしら』





まるで自分がいなくなるのを解っているかのように彼女は言い、無理矢理な約束をこじつけて笑った。






「口先ばかり綺麗事並べて夢を見せたんなら最後まで夢から醒まさせんなよ」




この男は、優しい。

綺麗事を馬鹿みたいに真っ直ぐな眸で紡いでは、夢を見させる。

(だけど)




「重くなって一緒に夢見るのを止めちまうんなら最初から夢を紡ぐな」




堺くん、それは残酷なんだよ。

嬉しそうに笑ったり恥ずかしがったりしてみせる達海の姿を眸にうつしては――その言葉を飲み込んでいた。
あまりにもその横顔があのヒトと類似していて、あまりにもその横顔をあのヒトと重ねているから。

(夢を見せられる側からしたら、残酷なんだよ。それは。)





「ねぇ、いい加減其処から進みなよ。
いつまで縛られてんの」





喪ってから大切さに気付くのを二度も体験したくないんなら。




「下ろして良い重さと背負わなきゃいけない重さを履き違えちゃいけないよ」





俺はもう間違えない。

石神はそう吐き捨てるとぱっと堺から手を放した。
世良が石神を呼び――石神はそちらへと向かっていく。

行き場のない何かをぶつけようと堺は拳を叩きつけようとし――それを止め自分の手に目を落とした。





「堺」





甲板に上がってきた白衣を身に纏う男――後藤が堺の名を呼ぶ。







「話が、ある」







(私は、あなたの紡ぐ夢が)







「――――嗚呼」





今も耳に残る声を堺はそっと握りしめるかのように指を折り後藤を見た。






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