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□子供のような残酷さで
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むかしむかし。
人魚姫は陸の男に恋をした。
最期は愛の為に泡になって消えた。



しかし残念乍らこれはお伽噺ではない。




助けた男が他の女と結ばれることも。
愛の為に泡になって消えることも。
悲しいハッピーエンドにもならない。





これの結末には未だ。



助けてくれた男の手を自ら離し、
深海へ沈んでもなお泡にもなれず、
ハッピーエンドなど見えもしない、

残酷で優しいバッドエンドだけが両手を広げて待っているのだから。





(だからこれは、)






















「情報都市って言っても、ただ情報が溢れてるだけだ。
信憑性のある情報を釣るのには骨が折れるだろ」

「ひとつだけ宛があるぜ」





さすが港街というべきか魚やら何やらが色々と売られている市場を通りながら――堺と共に陸へ上がる役目を受けた――緑川が目を細める。
緑川は路地裏に入ると迷路みたいな道を歩き、ひとつの小さなパブの前で足を止めた。







「そういえば石神はどうした?」

「ふらりと消えた」






あのやろう、と堺が舌打ちして答えるとのを緑川は苦笑し、パブのドアを開けた。
カウンターに伏せるようにして眠っている男の横に緑川は座ると「笠野さん」と名前を呼ぶ。






「―――緑川か」

「ええ、お久しぶりです」





顔を机に伏せた男は笑ったのか肩が揺れた。
堺は緑川の横に腰掛け、酒を注文する。







「達海が生きていたと聞いたぜ」



「…死んでました。」

「左胸に孔が空いてたか」

「はい」





ふぅ、と男は息を吐くと体を起こし瓶に入った酒を煽る。
その目が少し潤んでいるようにも見えた。





『…ここ数年軍が左胸に孔が空いて尚『動いて』いる水死体を探してるのは知ってるな』




この地にはない言語を使い始めた男に緑川は目を細め、小さく頷いた。


確かにその話は耳にしていた。

現実主義者の集まりだと思っていた軍がなにを言っているのだと、思った――だからこそ堺に引き揚げられた意識のない達海を着替えさせている時に左胸に孔が空いてるのを見、驚いた。







『どうして深海に沈み港に打ち上げられた者の中に孔が空いてる奴がいるのかは解らねぇ』





だがな。

笠野という男がすっと目を細めた。
まるでなにかを睨むかのような目をしていた。






『専らその≪ジョーカー≫は≪ハート≫を手に入れる鍵だと言われている』






(俺は宝箱の、鍵)

どこか泣きそうな顔をして言った達海の姿が堺の脳裏に浮かんで消える。





『なんでまた奴さんは≪ハート≫なんてモンを?』

『ありゃ不老不死になれるだの、財宝だの言われてるだろう。王も権力誇示に限界感じてきたんだろうよ』



けっと笑って笠野が片手で顔を覆う。
その手は微かに震えていた。







「…あいつはあんな体にならなくても異形だった、」






生まれながらにしてその肌は陶磁器のように白く、海に出ても決して黒く焼けなかった。
海に浸かればその髪は強烈な赤色に染まり、満月の許で揺れる瞳はどこか赤く光っていた。

人魚の生まれ変わりと、人々に唱われる裏では化け物と囁かれていた。




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