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□今日も空が青いから
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さぁ、帆をはれ。
未だ見ぬ世界に夢を抱け。
海の上を滑る風を掴め。
時は戻る。
一人の大海賊が仲間に裏切られ処刑されるよりも前。
一人の大海賊が大海原を自由に駆け我が物としていた時代よりも前。
一人の海賊と一人の少年が出会ったその時まで。
時は遡る。
そら、あおい。
はれ、っていうらしい。
おきたから、いこう。
おおきな、
おれをのみこむくらい、
おおきなおおきな、
みずたまりのところへ。
「ちび、起きたのか」
「まつもと、おはよ」
海へと向かう坂を下る少年に籠を抱えた青年が話しかける。
青年が持つ籠には真っ赤なトマトがつみあげられていた。
「ちびじゃない、」
「はは、そうだな、わりぃわりぃ」
むくれんなよ、と青年は少年にトマトを投げて言うと笑った。
石畳が続く坂道、真っ白い塀と建物のせいか青年の笑顔が少年には眩しかった。
「海行くのか」
「うみ?」
「おまえがいつも行く所だよ」
ああ、みずたまり!
にひっと少年は笑みを浮かべると頷き――その笑みを見た青年も釣られるように笑い「今賊が来てるんだ、気をつけろ」そう注意すると坂を昇っていった。
少年は「ぞく?」と今言われた言葉に首を傾げていたが、すぐに手の中にあるトマトを見つめて微笑み歩き出す。
「そら、あおい」
まつもと、やさしい。
あいつらとはちがう。
やさしい、あったかい。
いこう、うみへ。
*
「ふぅん、彼処が白い村か」
海賊船の甲板から陸にある街を見ていた男が笑う。
綺麗なまでに真っ白だな。
「笠野さん、本当に行くんですか」
「行くに決まってんだろぉ」
俺が行くって言って行かないことなんてあったか。
ないですけど、と答えるクルーを横目に笠野という男は目を細めた。
それから異国の地の歌を口ずさみ始める。
「――――、」
空は晴天。海は広く。
世界には青しか存在していないかのように、青い景色が目の前に広がっていた。
「―――うみ、」
ひとけのない入り江に着いた少年は透き通るような青い海を見、口許を緩める。
着ていたシャツを脱ぎ捨てると少年は高い岩に登り、海へと飛び込んだ。
あお、あお、
おれをのみこむ、うみ
水面の向こうにある太陽は揺らぎ、波に合わせて差し込む光が踊る。
入り江に住んでいる魚やジュゴンが少年へと引き寄せられるように集まってきた。
「…ぷはっ、おはよ、」
水面に顔を出した少年はジュゴンの額に自分の額をつけて笑う。
いつもならジュゴンも少年に体を擦り寄せるのだが――何かを警戒してるのか身を引き、海の奥へと消えてしまった。
「……あ、」
「こりゃぁたまげた」
「―――!」
いつの間にか入り江の海岸に座っていた男が笑う。
少年は海岸に近く水位が腰のあたりまでの浅瀬へと泳ぐと男――笠野を見た。
「きれいな、あかだな」
適当に船から降りた場所からたどり着いた入り江。
そこにいたのは真っ赤な髪をした少年。
青しかない世界にはその色がやけに強烈な色として存在感を放っていた。
「だれ、」
「おまえさん、名は?」
「ないよ」
「は?」
「なまえ、ないよ」
笠野は少年の喋り方に眉間へ皺を寄せ、「年は?」と問いかける。
「……15」
「親は?」
「おれはひとりだよ」
「……孤児か」
目の前の少年は15にもなるというのに言葉を知らなすぎる。
しかもその体は15にしては細く、思考さえ子供のままだ。
やはり聞いていたことは間違っていなかった。
「なぁおまえさん、」
「なに」
「俺ぁ笠野ってんだ」
「かさの?」
そう、笠野だ。
笠野は笑みを浮かべると少年に手を差し出した。
少年は首を傾げて笠野の顔を見つめる。
「俺ぁおまえがほしい」
どうやったら捕まってくれるかぃ?
「―――?」
首をかしげたままの少年に笠野は笑い声をあげ立ち上がる。
それよりも先ずは村に行かなくてはいけない。
「また今度訊くぜ」
「?いっちゃうの」
「ああ、またな」
本当に綺麗な、あかだな。
強烈な赤から名残惜しく視線を外すと笠野は村へと歩き出した。
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