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□慈悲なる物語の幕は閉じ、
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どこまでも青い海の上。
深海の底より落ちる涙を求め。
遊戯に勝つ切り札をこの手に。

時は少しだけ還る。


一人の若き海賊王の処刑により変動した時代の絶頂期。
一人の海賊と男がわかつことになったその時よりも前。

一人の海賊と男が海を駆けていたその一瞬まで。


時を戻そう。















喩え今が夢だというのなら。
正夢になってほしいと。

美しいあかい髪を持つ人魚は海を見つめながらつよく願った。













「達海さぁーん」

「なに、どしたの」




どこまでも青い海に浮かぶ陽気な海賊船が一隻。
船は自分等のホームに向かう途中であり、各々が自らに課せられた仕事をしている。

さてその甲板で水平線を眺めていた男に新人――世良が若干涙を目に溜めながら駆け寄った。





「なにって、堺さん起こして来てくださいよぉ!
低血圧だから寝起きクソ機嫌悪いんですよ、堺さん」




どうやら起こそうとして枕を投げられたらしく、枕を抱えた世良が達海に泣きつく。
他の船員が話に絡んで来ないことを思うと相当ひどいらしい。

はぁ、と男――達海は息を吐くと堺が寝ている部屋へと歩き出した。















『貴方ってやさしいのね』



不思議な女性だった。
どこまでも澄んだ綺麗な目をした女性だった。




『ふふ、そんな風に眉間に皺を寄せるから怖いって言われるの。
…ね、笑って?』



綺麗に笑う人だった。
自分にはとても釣り合わない、美しい人だった。




『……意地悪ね、笑ってくれないんだから。
でもきっといつか、貴方が自然に笑える相手が現れるのかもしれないわね』






「…、堺」




眠っている時も眉間に皴寄せてんのか、こいつ。

達海は笑みを浮かべ、眠っている堺の眉間をつつく。
うっすらと目を開いた堺が達海を見た。







「… 、」






唇が動き、誰かの名前を呟く。








「……さかい?」

「――――――…あ?」




ぱち、とまばたきをした堺が達海を見つめる。
数秒間達海を見つめていた堺はようやく意識がしっかりとしてきたのか、達海を見て「夢か」とため息をついた。






「チッ、世良の奴さぼったな」





起こせって言ったのによ

堺は起き上がると頭を掻きながら立ち上がる。
それから自分を見上げている達海を見下ろした。





「なんだ?」

「いや、なんでもないよ」



にこりと笑った達海に堺は眉間に皺を寄せていたが――部屋を覗きに来た世良へと向かっていってしまう。





「世良てめぇ起こせって言っただろ」

「ひっ、だって堺さん寝起き悪いんスもん!」




ぎゃーぎゃーと騒ぐ二人を見、達海は笑みを浮かべながら甲板へ出た。
ナイフでジャベリングをしていた石神が此方を見てなぜか困ったように笑った。




「どしたの」

「…いや、ちょっとね」



残酷だね、…うん、残酷だよ。

自問自答するように呟き頷いた石神がジャベリングに使っていたナイフを仕舞う。
達海は首を傾げていたが―――見張り役の熊田が「海賊船一隻が此方に向かってきています!」と叫ぶのを聞き、水平線へと目を向けた。





「あれは、」

「嗚呼…面倒なのに遭遇しちまったな」




航海士である緑川が達海の横で舌打ちをする。
そういえば、と達海は呟くと緑川を見上げた。





「ホームに向かうのに西廻りの海路だね、なんで東廻りにしなかったの?」

「…東の海は今の海賊王の支配力が一番強いからな。
平和に帰りたい俺らとしては海賊王様と対立する大海賊が牛耳る西の海を渡った方が楽だったんだが…」



東の海に比べ、西は比較的治安が良く――であるが故に緑川は遠回りにはなるがいつも西廻りの海路をつかっていた。
それは他の海賊船もそうであり、西の海を牛耳る海賊も自分たちの海を荒らさず、現海賊王と関係を持たない限り干渉してくることはなかった。





「え、じゃあなん…!?」

「達海さん!」



達海が言い終わる前に近づいてきた海賊船が此方へと船体を寄せ――ぐらりと達海たちの船が揺れた。
バランスを崩した達海がよろめき、海へ落ちそうになる。






「おう、大丈夫か!」

「なに俺より前に出とるんやカタァ!」

「…二人が俺を引き立ててくれようとしてるのはわかった」




なに一番前出とるんすか!シムさぁん!!

達海の両脇を掴んだ二人の男がマシンガントークを始める。
突然の事態に達海が呆けるなか、侵入者に気付いた村越が「なんの用だ?」と二人を睨んだ。





「なんの用やて?」

「随分な態度やないか」



つかカタ前出すぎや

おまえこそなにさりげに一歩踏み出してんねん、ハタァ

達海から手を離したカタとハタという二人が村越に挑戦的な笑みを浮かべる横ではシムさんと呼ばれていた男が甲板を見回している。






「俺たちは海賊王と関係を持つ海賊でもなければ海を荒らしているわけでもないが?」




とりあえずその男を此方に渡してもらおうか。
腰にさしてある刀の柄にふれながら堺が侵入者を睨んだ。





「そやなぁ、俺たちは」

「あんたらに用はな



「クボタン、今日はこれから雨になるんだっけ?」

「あ……たぶん、はい」




二人の言葉を遮った――志村という男は依然何を考えているか解らぬ顔のまま自分と同じように甲板を見回していた男へ話しかける。
そう、と志村は頷いたのとほぼ同時に――話しかけられた男が達海の首の後ろに手刀を振り落とした。





「!なっ…―――」

「おまッ!」



刀を抜こうとした堺に志村が銃口を向け、男が気絶した達海をだき抱える。
それから志村は空を仰ぐと「うん」と頷いた。





「雨嫌いだから…早く帰ろう」



時間が、止まる。
露わになった志村の殺気に世良などの若手は気絶しかけ…ベテランの船員は顔を歪めたのはおろか、味方であるカタやハタからはそれまで続けていた口喧嘩がぴたりと聞こえなくなった。






「用が終われば…返します、たぶん」




達海を抱えた男は志村の殺気など気付いてないかのようにぺこりと頭を下げると自分の船へと戻っていく。
志村や口を閉じた二人組はそれに続くように甲板から姿を消した。




「……っ」




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