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□ジョーカーは微笑まない。
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時は進んだ。
二つの手が、
とある海賊と人魚の手が、
引き離されたその時から。
人魚が手を伸ばすのを止め、
海賊が手を掴むのを躊躇った、
その時から時は進み続け。
一年のうちの半分を、
時は過ぎてしまった。
(残酷にも。)
時は戻らず、止まらない。
(避けられない結末へと、)
進み続ける。
*
「……約束だったんだよなぁ」
ひとつの小さな墓の前、赤い花を手向けた男が小さく呟く。
そう、約束だった。
「約束、もう必要ないんだ」
(あの人がちゃんと違う人を好きになれる時まで、)
「うん、俺は友でいたよ」
(だけど、)
「………残酷だよ、本当に」
そう呟いた男は空を仰ぎ、わらってみせた。
それしか知らないとばかりに、ただただ男は微笑み続けた。
「ガミさん!」
コートに身を包んだ青年――世良が駆け寄ってくる。
男――石神は振り返り、やはり笑みを浮かべたまま「どしたの?」と問いかけた。
「どしたの?じゃないっスよ!!
港に着いてすぐに消えちゃうもんだから皆して探してたんスよ!」
…誰かの墓ですか?
一方的に捲し立てた後、声の音量を抑えて世良が石神の前に立つ墓を見つつ問いかけてきた。
赤い花が、添えられていた。
「うん、まぁ知り合い、かな」
知り合いって、
「―――想い人であったとも、友人であったとも、 知り合いであったとさえ言える権利が俺には無いから」
石神の顔から表情が消える。
世良が口を開く前に石神は笑みを顔に貼り付けると墓に背を向けた。
「この町はね、俺と堺くんが生まれ育ったとこなんだ」
「え、そうなんスか!」
後ろを振り向くことなく石神は歩き続け、「驚くのも当たり前だよね。」とわらう。
「この大陸の国王様の擁する国軍上層部はこの町出身者が大半だし――なによりこの町には軍人を育成する機関があるわけだし」
海賊からしたら、此処は居心地のいい処じゃないよね。
城下町を歩きながら石神は困ったように肩をすくめる。
遥か頭上で鴎が飛んでいた。
東の海を支配するは海賊王、東の大陸を支配するは大国の王。
東の大陸の端には今や世界の中心とまで言えるほどまでに大国となった国の王が擁する軍の軍人を育成するための町がある。
最初こそ軍に入る者はその町の軍人育成機関に入り、軍人となっていったのだが――今となっては軍上層部の者は皆、その町出身の者となっていた。
――――そうなるのは最早、必然。
その町は国軍の為だけに存在し、町のありとあらゆるものは国軍のものであり、住民のほとんどが機関に入る為に移り住んできた軍人であるため―――国に対する『忠誠心』は他の町出身の者とは比にならなかった。
町は、軍のため、国のために存在した。
「ガミさんと堺さんは、軍人だったんですよね…?」
「堺くんはね」
俺には軍人だったって言える権利ないし。
へらりと笑いながらあっさり答えた石神に世良もつられたように笑う。
「それにしても、なんで海賊を目の敵にする国王直轄の町なんかに?」
「んー、食料補給を港でするって言ってたから俺の我が儘でちょっと大陸側まで来ちゃったんだよね」
知り合いに会いたかったし。
町は港町から一時間ほど大陸側に向かった方にあった。
国王直轄の町であったが、国軍の動きを知ることができるのも、――時に条件つきで手を組んではいるが――国王と敵対する海賊王の情報が掴めるのもこの町だけだった。
堺や緑川など情報収集を担うクルーは今ごろ、国軍の情報が掴める闇市場にいるのだろう。
「…やけに軍人が多いっスね」
「まぁこんなもんでしょ」
人混みにちらちらと紛れる軍服を着た人間を見、世良が声を小さくする。
石神は依然、へらりと笑ったまま「やっべ、忘れてた」と声をあげた。
「ちょっと行ってくるわ」
「え、どこに!?」
「あ、これ堺くんに届けといて」
「?はい」
石神がポケットから出したものを世良に渡す。
それを受け取りながら世良は「って、どこに行くんスか!?」と再び問いかけた。
「…お別れを言いに」
石神が丘の方を見てそう言ったのを世良は言葉の意味を黙って解釈し、「出港までには帰って来てくださいね!」と笑みを浮かべて駆けていった。
石神は「残酷だな」と小さく呟く。
「……そんじゃ、行こうか」
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