!!

□盤上で人魚は踊る。
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「……、」



じっとそれは窓の外を見つめる。
遠くに見える海をどこか必死に自分の方へと手繰り寄せるかのように。
ただ、ひたすら。

口を固く閉じたまま――それは椅子に座り、目の前の小さな丸テーブルに置かれたチェス盤に目を移す。

それはとても豪勢な部屋だった。
それを閉じ込める綺麗な籠。





「達海さん」



名を呼ばれたそれは振り返り――自分の名を呼んだ男を見、少しだけ表情を変化させた。
軍服を肩にひっかけた男――石神は小さくわらう。
それは石神から視線を外すとトランプのカードをビリ、と切った。

それの足許に落ちたカードの破片を見、石神は肩をすくめる。





「ああ、俺はね、石神。
自己紹介をするにあたって…うん、話を仕切り直そう、何事も頭…最初が大事だからね!」

「…」



「サカイくんの船に乗ってた。
区切りをつけて降りたけどね。

せいせいしたよ、うん。
んー…、反応なし?

変わんない表情が怖いなぁ。
いちおう傷つきやすいんだよ?

しらないか、そんなこと」




一方的に捲し立てる石神とは裏腹にそれは表情を変えない。
石神が達海の方へと足を一歩踏み出そうとし―――それを止めた。





「―――それ以上、達海さんに近づいたら殺すよ」




あはは、怖いなぁ。
まるで棒読みの言葉を口にし、石神は部屋の入り口に立っている持田へと振り向く。





「こんなとこに閉じ込めて――旦那ってば好きな子ほど虐めたくなるタイプでしょ?」

「ぎゃははは、そういやあんた軍人だったんだろ?」

「そうだね、クーデターしちゃった今となっては軍人だったって表現が正しいね!
…うん?俺は軍側に自分がクーデター組の一員であるという情報は流していないし、クーデター組の一部しか俺のこと知らないんだよね、軍もクーデター組の大半も俺が裏切ったとは知らない」




あれ、これって軍人だったって言えるのかな?
石神が問いかければ――持田は面倒くさそうに顔を歪めた。




「消えてくんない?」

「言われなくても!」



はははは、と石神は今度はまるで棒読みの笑い声をあげ――依然笑顔を顔に貼り付けたまま持田の横を通り過ぎる。
そして一度足を止め、持田と視線を合わせた。



「人魚の心を手に入れられず、ただ器を愛でるのはさぞ空しいのだろうね」



皮肉るように、同情するように、哀れむように、石神は言った。
持田は沈黙し――――そして、





「…っぎゃはははははは、」




愉快そうに、嬉しそうに、ただ笑い、笑い続け、持田は応える。
まさか相手が笑うとは思ってもいなかった石神を嘲笑しながら。





「だから 俺は≪ハート≫を求めてるんじゃないか」





「――――!」

その言葉で持田の目的を悟った石神は初めて貼りつけた笑みを消した。
顔を歪め、「狂ってる、」と吐き捨てる。



「――達海さんは俺のものだよ、絶対に誰にも渡さない、俺の手から放れるなんて赦さない。
俺は達海さんの為なら人も殺すし、国だって潰す、【達海さんがのぞむのなら】躊躇うことなく達海さんだって【殺せるよ】。
だから―――俺は達海さんを殺せないし、今は虐殺もしない。
愛してるから、ね」



誰よりも――偽りのない、どこまでも純粋な――愛を囁く男は捕らえた人魚を見つめる。
達海は持田を見――すぐに視線を外した。
それから目の前の丸テーブルに置かれる盤上の駒を動かす。





「チェック」

「……やられたね」



肩をすくめた持田が達海の正面にある椅子へと移動し――それに腰かけた。
石神は盤を遠目に見つめ、目を細めると何も言わずに部屋を出た。










「…まさか≪ジョーカー≫がこんな処にいるとは」

「なかなか策士だね、海賊王様は」



【国軍支部】である建物の部屋から出た石神は口許を緩める。
部屋の外に待機していた軍人は石神の一歩後ろに下がって歩きだした。




「海賊王は軍と仲良くしてるからね、国王も仲良くしているおかげで色々【利益を得ている】みたいだし、まさか自分の陣地に入ってきた≪ジョーカー≫を抜き取るなんてしないでしょ」



「なぜ?」

「それが目的なんだよ、海賊王様は国王をも喰らう気でいる。
今この状況下でカードを奪うことは国王しかできないし、だからこそ海賊王は――それを理由に国王へ戦争でもふっかける気なんでしょ」


それに国軍の支部なんかに身を置けば賊からさらわれるなんてこともないしね。
参謀部総隊長の右腕として君臨し、軍上層部だけでなく――国王さえも欺く男は笑みを消す。



「そういえば杉江と赤崎は?」

「あの二人は、クーデターを指揮する主犯とされたから今頃どこかで待機しているでしょう」

「どこかって…」



適当な同志に石神は「まったくもー」とため息をつく。
それからくすくすと笑いながら





「さてと、向こうはどうなったかね」







窓の向こうに見える空を見た。
(こっちは、上々だよ)





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