!!
□今日も僕らは絡まった糸を運命だと信じてる。
1ページ/1ページ
「俺さぁ、ひっさびさに恋しちゃったみたいなんだよねぇ」
仕事終わりにいつも寄る居酒屋で丹波がぽつりと呟く。
悪い遅れた。俺らも今来たとこですよ。なに呑む?
…ねぇ、ちょっと聞いてる?
「生ビール。で、中年にもなるおっさんがどうしたって?」
座敷にあがってきた堺がスーツを脱ぎ、片腕に抱えながら――すでにジョッキをあおいでいた丹波を見た。
隣どうぞ、肩をすくめた堀田が苦笑しながら座布団を軽く叩く。
「なんかさぁ、ときめいちゃった、というか」
さっきからこんな調子なのよ丹さんってば。
丹波の横でつまみを箸でつつく石神が笑った。
…他人事だよね石神さん。ウン、だって他人事だもん。
「いい年こいたオッサンが、ってのが面白いっていうか」
人間ってのは恋をいくつになってもするんだな、
どうやら酒が回っているらしく――堀田がくつくつと肩を揺らして小さく笑う。
堺は店員が持ってきた生ビールを受けとり、腕時計を外そうと手首をさわってから――嗚呼、とその手を止めた。
「あれ、堺さん時計は?」
「貸した」
へぇ、堺さんにしては珍しい。なんだよ、その言い方。
おしぼりを手で拭きながら堺はテーブルに突っ伏し、ぶつぶつと呟いている丹波を見た。
「で、ときめいたって?
年下か?新しい部下か?」
「…年上、素性は知らない」
はぁ?
思わず間抜けな声が出た堺にまぁまぁ聞いてやってよ、と石神が口許を緩める。
「なんかさぁ、いつだったか急に雨が降ってきて――雨宿りしてたら傘貸してくれたんだ」
話が吹っ飛びすぎているところを堀田と石神が突っ込まないところから――たぶんこの話は堺が来るまでに何回も繰り返されたものなのだろう。
それで、と堺が話を促すと丹波は話を再開する。
「でもさぁ、その人も傘自分の分しかねぇの。
だからさ、俺はいいからあんた差して帰れって、雨酷くなるからって、…そう言ったらなんて言ったと思う?」
その人さぁ。
三人の返答を待つことなく丹波は笑みを浮かべる。
参った、とばかりに笑った。
「優しいね、って」
それからよくその場所の近くにあるコンビニで会うから話をするのだと丹波が言う。ついでに名前もまだ知らない、とも。
こりゃ重症だ、堺が口には出さずに堀田を見れば堀田は苦笑し――石神は大袈裟に肩をすくめただけだった。
「まー、そーね、恋とかするよなぁ」
今度は石神が口にした言葉に――意外だったらしく――堀田が噴き出す。
きったねぇ、と丹波が笑い、堺は使われていないおしぼりを堀田に手渡した。
「なによその反応」
「いや、意外だったんで」
「やぁね、俺だって恋くらいするんですから」
もー、君たち俺のことなんだと思ってたの。
石神が口を膨らませる横で――だってさぁと丹波が笑みを浮かべながら言う。
「石神さん、誰かと付き合ってたとかいう話聞かないし、結婚も考えてないんでしょ?」
「ウン、だって結婚できないもん、相手男だから」
今度は堺が噴き出す。
ははは、俺と同じじゃん。声をあげて笑う丹波の向かいでは堀田が目を見開きつつ、堺の背中を叩いた。
「俺ね、どうしよーもないガキでさぁ、親からも見放された時とかあったんだけど」
カラン、と石神の前にあるジョッキから――氷が硝子に当たる音が響く。
「その人は、――その人ってのは俺のはとこで初恋の相手なんだけど――、俺を見捨てないで終いにはちゃんと大学行けって金さえも出してくれたんだよ」
俺が今此処にいんのはその人のおかげってわけ。
ははは、そう言って笑う石神がジョッキから滴る雫を指でなぞる。
「その人はね、大切なモン守ろうとして自分を壊しちゃったんだ。
本当は一緒にいたいけど…あんま一緒にいれないんだ」
壊しちゃいそうでこわいっていうか、俺がトドメの一撃を下してしまったらって思うとね。
石神はへらり、と笑って「おねーさん、つまみ追加〜」と店員に声をかける。
「堀田くんは?」
「え、」
「そうだ、堀田は!?」
話を振られるとは思っていなかったらしく――テンションをあげてきた丹波と石神に堀田がじり、と後退する。
堀田が助けを求めようとした堺は携帯に電話が入ったらしく受話器越しに「はぁ?あんた、時計貸しただろ、」と何やら取り込み中のようで――退路を絶たれた堀田は観念したのか両手をあげた。
「いますよ、います」
「まじで!」
「相手は!?」
「……俺の一目惚れなんで、名前とかは…」
なんだそれ、ピュアだな!だはははピュア男!
堀田を指差しながら笑い転がる二人に「静かにしてください、」と当人は顔を真っ赤にしながら声をあらげた。
「わかった、今から行く。
いいな、絶対その場所から動くなよ、絶対に、だ」
電話が終わったらしく――携帯を閉じた堺が財布を取り出し金をテーブルに置いた。
あれ、どったの堺さん。
「時計貸してやった奴が案の定電車に乗り遅れた。
一本で目的の駅に行けるやつ、それで最後なんだよ」
え、それだけ。そうだよ。
ったく、と舌打ちをした堺が丁寧に畳んでいたスーツを着る。
「電話の相手は、はにー!ってわけ?」
「違ぇよ。
そいつ海外から帰ってきたばかりで電車まだうまく乗れねーんだ」
マンションの隣の部屋に住んでるんだけど、そいつ今何故か俺の家に入り浸ってる。
勘定頼んだ、早口に電話の相手の説明をした堺が靴を履く。
珍しいこともあるもんだ、と残りの三人は目を丸め合った。
「愛は人を変えるねぇ」
「頑張って、だーりん」
「結婚式呼んでくださいね」
しみじみと言うな、つーかなんだよだーりんって。
ああ、それと。
「…結婚はできねぇ、」
堺さんも恋するんだね。よかったよかった。乾杯ですね。
三人仲良くジョッキに口をつけてビールを飲み合おうとしていた三人は――聞き覚えのある言葉に――仲良く噴き出すことになる。
「まぁ…だから、そういうわけだ。
また明日な」
仲良く噴き出した三人を置いて堺が小走りで居酒屋を出ていく。
うへぇ、と意味のわからない声を出した丹波の前では堀田がむせ、石神はやれやれとため息をついた。
「結局さぁ、俺らって似た者同士ってわけ?」
「境遇が似てなきゃこうもほぼ毎日飲みに来ませんよ」
「あーあ、いーなー。よし、俺、今度名前聞くわ」
「堀田は顔を覚えてもらうところからだなぁ」
「!余計なお世話ですって、」
堺さんどーなんのかなぁ。さてね。ガミさん今度、初恋の人に会わせてくださいよ。絶対ヤダ。ケチ〜
ビールの入ったジョッキから滴る雫がテーブルに落ち――追加で運ばれてきたつまみを石神が受け取る。
丹波は再びぽつりぽつりと想い人の話をし始め、堀田はジョッキに口をつけた。
その糸に絡まる糸が誰のものなのか気付かぬまま。
ああ、なんて。
------
あとがき。
リーマンなベテランズの矢印の先は タッツなんだぜっていう話。
気付いたでしょうか(ハラハラ
友達に見せられた某様のリーマンパロのベテランズと深夜のテンションでなんかベテランズが飲んでる場面を書きたくなってできあがった話。
それぞれ想い人の話をするけど互いに同じ人が好きだとは気づかない・っていう話好きなんです^^←
拙い文にお付き合いありがとうございました!
2011.1.21 天藍 深