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□雨に冷まされる程度の熱
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もう何度目になるだろうか。
お礼だと言ってご飯を作りに来た彼女を家まで送り届けてきた。
ゲームで彼女を助け、彼女が恩義を感じている。
それだけの関係。
恋愛感情なんて無い。お互いに。
正直者と元詐欺師の恋愛なんて、あってはならないことなんだ。

彼女が何度好きと言ってきても、所詮はゲームのつり橋効果。
ゲームの緊張感と恋愛を勘違いしただけのこと。
彼女にはもっと相応しい男が居る。
そいつに出会うまで、彼女を守る。それだけのこと。

頭ではそう思っていても、無意識の感情は見たこともない男に嫉妬していた。
渦巻く彼女への思い。
理性で何度消したいと願っても、消せない。

ふと空を見上げれば、夜空でも判る様な黒い雲が頭上に広がっている。
「傘、持って行ってください」という彼女の言葉はついさっき断った。
でも‥と続く彼女を半ば振り切るようにして帰ってきた。
傘を借りれば返すことになる。 彼女と次の約束など、してはいけない。

大きな雨粒が降ってきたと思ったら、あっという間に土砂降りになった。
邪まな考えを流してくれやしないかと、走ることもせず濡れながら帰る。
暑い季節に多少の涼を運んでくれるこの雨風。
昼間熱されたアスファルトが急激に冷まされ、特有の匂いが辺りに広がった。
地面に広がるこの黒い塊たちのように雨に打たれ、欲にまみれた熱も冷ましていった。


「秋山さん!」

大きな雨音の中、彼女の声が聞こえ振り返ると息を切らせた彼女の姿。

「傘持ってきたんですけど・・・嫌って言っても連れて帰りますから!」

ずぶ濡れの姿を見て、傘などもう必要ないと思ったのか。
彼女は俺の手を力いっぱい引いて自身の家に向かう。

今までなるべく触れないようにしてきた彼女。
初めて繋がれた彼女の手の柔らかさと暖かさを感じると、もう離すことなどできやしないと感じた。







だったら、良かったのに。





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