text1

□心の闇は悪夢の如く
1ページ/1ページ





あきやまさん‥

何処に行っちゃったの‥?






  








ふと目を覚ます。

(‥っ‥もう朝‥?)




まだはっきりとしない頭で、隣で眠る彼を探した。

手探りで、ぬくもりを。




覚醒。


勢いよく上体を起こし

昨夜彼が眠っていた場所を自分の目で、確認する。


(居ない‥)



−静寂



耳を済ませても物音ひとつしない状況に

心臓がどくりと跳ねた。



思い当たることは、ひとつ。



他の部屋に居るかもしれないと思い直し、慌てて立ち上がる。

起き抜けに動いたためか、思い当たる不安のためか。

目の前が真っ暗になることも厭わず駆け出した。


(やだやだ!‥嫌です!)


ここは彼、秋山がひとりで暮らす部屋。

単身用アパートなので探す場所は少なく、あっという間に確認が出来た。


彼が何処にも居ないという事実、そして現実を。




思い出すのは2年前、

繋がらなくなった携帯と空になった‥部屋。



(あきやまさんが‥居ない‥)






ふらふらと玄関へたどり着くと、靴がなくなっていることに気付いた。


一緒に買い物に出かけた先で、購入した靴。

色で迷う彼と一緒になって悩み、選んだ靴。

「それ、お気に入りなんですね」と直が思わず聞いてしまうほどに最近よく履いていた、靴。


その靴が、無い。



直の言葉の後に「まぁな」と柔らかい表情を返してくれた。

あれはほんの数日前のこと。



がくがくと足が震え、崩れ落ちてへたり込む。


彼の靴の横に並べた自分のパンプス。

今はぽつんと置かれたその靴が、自分を見ているようで。


パンプスを見つめる視界が滲んだ。



(あき‥やま‥さんっ‥)






ずっとずっと恐れていたこと

現実になってしまったの‥?


いや‥嫌です

わたしを置いていかないで

もう誰も私を置いていかないで‥! 居なくならないで‥!







−カチャリ




静かだった部屋に、音が響いた。

直が顔をあげると扉はゆっくりと開く。

これ以上の音はたてないように、ゆっくりと開かれた扉。



明るい光と共に、入ってきたのは秋山だった。


「直!?」

呆然と自分を見上げる直に、秋山は驚きの声をあげた。

ぺたりと座り込む彼女の目には涙が溜まり、頬には流れた跡がある。

「どうした!?何かあったのか?」

彼女の目線に合わせるようにしゃがみ、両肩に触れた。


「あき‥やま‥さぁん‥」

彼のぬくもりを肩に感じると、直は秋山の胸に飛び込み顔を埋めた。

彼女のありったけの力できつく、抱きしめて。


「よかった‥あきやまさんいて‥よかったぁ‥」

しゃくり上げる直の姿を見て、秋山は全てを理解した。


「ごめん‥」

頭を撫で、謝ることしかできなかった。


「どこに‥行ってたんですか‥」

抱きしめる手を緩め、彼の服をきゅっと握り彼女が問う。



「何も無かったから‥パンとか買ってきたんだ」

ほら、急に泊まる事になったからと続ける彼の足元にはコンビニの袋。

「俺はコーヒーだけでいいけど、君は朝からちゃんと食べるだろう?」

「心配‥しました」

「ごめん、君はぐっすり寝てたから‥」

「わたしこそ、ごめんなさい、泣いたりして」



愛する家族をなくし、過去には自身も姿を消した。

そして過去を引き摺りこの先を何も約束していない自分。


彼女が不安に思うのは、臆病になるのは当然のことなのに。

今まで決して表に出さなかった彼女の心に触れ秋山は決心した。



「もう一人にはしないから」



彼女を、守る。

己の過去から、全てから。




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ