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□好事魔多し
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電話が鳴った。
ディスプレイには『神崎直』の文字。
しかし横には、出先で特に会いたくもないが偶然出会ってしまったフクナガが立っていた。
隣の毒キノコの存在に一瞬躊躇したが直の電話を無視することは出来ず、フクナガから少し離れて秋山は通話ボタンを押した。
愛しい彼女の電話を無下にする事などできない。
それ程までに秋山は彼女に溺れているのだ。馬鹿正直の娘に元詐欺師は陥落していた。
『あ、秋山さん!』
「どうした?」
あくまで平静を保つ声。そして表情。
『あ、もしかして外ですか?今電話しても大丈夫ですか?』
「ああ、大丈夫」
彼女の声を聞けて嬉しい気持ちなど表に出さぬよう注意して秋山は電話を続けた。
隣にはあのフクナガが居るのだ。表に出たりしたら後々厄介である。
『あのですね‥昨日秋山さんのおうちに忘れ物しちゃって。
明日必要なのでこれから取りに行きたいんですけど、おうちに入ってもいいですか?』
「いちいち断らなくてもいいよ。 カギ‥持ってるだろ?」
フクナガに聞こえないよう、小声で話す。
先日彼女に渡した合鍵の事、秋山は言って自分で照れていた。勿論顔には出さずに。
『はい‥秋山さんの居ないお部屋に勝手に入るのはまだ慣れなくて‥お伺いを。 あと・・・・・・・・・・・秋山さんの声が聞きたくて‥』
「・・・・・っ」
彼女の不意打ちの発言に、思わず俯く。 遂に彼のポーカーフェイスが崩れた。
(俺も君の声が聞きたかった。)
とは思っても言えない彼、そして状況。素直で正直な彼女への返事は後で、改めてゆっくりと。
『じゃあ、これからおうちへお伺いしますね。』
嬉しそうな笑い声と共に彼女の声が聞こえた。
「アッキー、顔、緩んでるよ。」
顔をあげると少し離れた所に居たはずのフクナガが秋山の目の前に立ち、右手を口に当て うぷぷっ と笑っていた。
『あれ?そこに福永さんが居るんですか?』
「いや、居ない。」
『え、でも今声が‥』
「あ!ちょっとアッキー!」
鬱陶しい笑みを浮かべるフクナガに背を向けて歩きだし、会話を続ける。
「用は済んだしもう帰るから、家で待ってて」
『はいっ! でも福永さんと一緒なんじゃ‥』
「気のせいだ」
『そうですか‥?』
「ああ」
再びフクナガに目をやると、離れたところで
「お幸せにね〜〜〜〜」
と手を振っていた。
弱みは握った!とでも言いたげな にやけ顔で。
そして あはは〜と言いながら走り去っていった。 軽やかに。
「‥とにかく今から帰るから。」
『じゃぁ、お待ちしてますね』
「あぁ、また後で」
自分の家で彼女が待っていてくれるという喜びと フクナガに見られたという羞恥。
複雑な思いを抱き、家へ向かう足を速めた。
*
「あ、秋山さんおかえりなさい!」
「‥あぁ・・・・・ただいま。」
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久々の「おかえり」と「ただいま」に幸せを噛み締める。