臨也総受け
□営業スマイル
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「ありがとうございました」
にこり。
「また来てくださいねー」
俺は笑顔で客を送り出す。
そう。今この俺、折原臨也は少し奥まった小路の洒落た喫茶店でバイトなるものに勤しんでいる。勿論趣味の人間観さ……じゃない、情報収集の一環だ。
「八霧くん、こっち頼むよ」
「はーい」
八霧というのは俺の事だ。近くにあった名前を借りてみた。勿論無断だが知ってるだろうね、きっと。
「エスプレッソと、プリンタルトのお客様」
どんな組み合わせだよと心の中で突っ込みながら、若い女性二人に品を運ぶ。
なんか、シズちゃんが頼みそうな組み合わせだな。
「ご注文は以上でお揃いでしょうか?」
「はい」
「では、ごゆっくり」
極上の笑顔と伝票を置き、厨房に戻ろうとする。
カランカラン……
ドアに付いているベルが軽やかに鳴り響いた。
「……」
無言で入ってきた二人の男。俺には何だか、バーテン服を着ているように見える。そして片方は無口な人気俳優に見える。
……。
「八霧くん?」
普段全てを完璧にこなす俺がドアを見て固まっていた為、あまり年の離れていない先輩に不思議そうに声をかけられてしまった。
「あ、いえ……なんか、ここにいるはずのない知り合いに似ていたもので」
最近更に磨かれてきた笑顔をくっ付けて言うとあっさりと納得してくれた。
どうやらあれが平和島静雄とは知らないようだ。……まあ、ここは池袋じゃないしね。
「どう? 兄さん。ここなら兄さんの知ってる人もいないからゆっくり出来るんじゃないかな」
うんごめんね幽くん。俺っていう仇敵がいるんだけどさぁ。
ていうか何でシズちゃんは気付かないんだよ。確かに軽く印象変える程度はやってるけど、いっつもノミ蟲臭ぇとか酷いこと言ってすぐ気付くくせにさあ。目の前に素のシズちゃんとかキモいよ、止めてくれ。
「ああ、そうだな」
うわぁあ。ちょっとどうしたのさシズちゃん。とうとう頭が……
「すみません」
無駄にいい声で店員、つまり俺にオーダーをする。
「はい」
「エスプレッソとプリンタルト……幽は?」
っ!! ……いや落ち着け自分。落ち着こう。バレたら終わりバレたら終わり。
「……アッサムのミルクティーと苺ショート」
可愛い注文をするね、幽くん。でも俺はその視線が気になるんだな。
気付いてるの?
「……以上で宜しいでしょうか?」
営業スマイルを崩すことなくオーダーを反復して机から離れることが出来た俺は誉められてもいいんじゃないだろうか。
はぁ。早く帰らないかなぁ。
品を出すのは先輩がやったからあれから2人に近づいていない。
「八霧くん、コレ頼むよ」
「はーい」
7番テーブル。……うそ隣じゃん。
さっきから幽くんの視線が気になる。あいつ絶対気付いてるよなぁ。
……。
「ロイヤルミルクティーとミルフィーユのお客様。
……セイロンにアップルパイの……」
若いカップルに笑顔を置いて、空いたテーブルを拭きに行く。ここは地味に流行っていて、いつも人が絶えることがない。
「あの、すみません」
幽に呼び止められる。内心で舌打ちをするが勿論営業スマイルは絶やさない。
……何これ、かなり良い訓練なんじゃないか?
「追加いいですか?」
幽くん……。君、なかなかだよね。
「えぇ、どうぞ」
にっこり。
「ストロベリーパイとベリーのミルフィーユ、苺ショコラクレープ。あと……」
幽は静雄を見る。
「ミルクジェラート」
静雄の機嫌の良い声に、臨也はうすら寒くなった。
「畏まりました」
……はあぁ。内心で溜め息をつきつつ、臨也は幽の視線を振り払うようにそそくさと厨房に逃げた。
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あ、れ?
なんか幽臨フラグ?
……おかしいな。