牡丹
□麗しきは花の…
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それはいつもの帰り道。
跳ねるように歩くのは、愛しい恋人。
きれいだねとナルトが立ち止まるまで、そこに花が咲いていることすら気がつかなかった。しゃがんで香りを嗅ごうとしているナルトに、知らず笑みがこぼれる。
何がそんなに嬉しいのか、飽きもせずににこにこと、白い花びらのそれへと向かって話しかけている。
ごく小さな声のために、何と言っているのかはまでは聞こえない。
「日が暮れるぞ」
任務が済んで、今日はナルトにラーメンを奢る約束になっていた。最近は特別に一楽の主人に頼んで、ナルト用の特性野菜ラーメンを出してもらっている。それはナルトの評判も上々で、いつの間にか自分も一楽の常連となっていたことに、カカシは思わず苦笑を漏らした。
「ラーメンっ、ラーメン!」
思い出したように顔を上げると、楽しそうにナルトはカカシの腕を引く。無邪気なその様子は、まるで主人を慕う仔犬のようだ。散歩へ連れて行けとせがまれているようで、カカシはナルトの髪を撫でてやる。
顔を上げたナルトは何かを期待しており、カカシもそれに応えてやりたかったが、さすがにこの往来でそれは憚られた。
「ソレは、また後でね」
指を伸ばして、そっとナルトの唇へと触れる。意味を理解して、ナルトがほんのりと頬を染めた。
「別に……そんなにつもりじゃ……」
「……うん」
もじもじと指先を絡めながら、ぽつぽつと歩き出したナルトの後を追ってカカシは彼の手をとった。手を繋ぐくらいなら、特に違和は無い。
「へへ……」
嬉しそうに、ナルトがカカシを見上げた。そんなナルトの様子に、花など目に入らないはずだとカカシは息を吐く。こんな近くに目を奪うものがあるのだ。周囲まで見渡すような余裕があるはずが無い。
「さっき、あの花に何て言ってたの」
あまりに幸せそうな顔だったから、少しだけ妬いた。あんまり熱心だったから、カカシのことなど目に入っていないのかとさえ、思った。
しかし、尋ねてもナルトは首を振って笑うだけである。
「それよりさ、早く行こうってば」
「内緒?」
尋ねると、ナルトは少しだけ唇を尖らせた。
「うん、内緒……。でも、カカシ先生、きっと知ってるってば」
「何?」
見れば、ナルトの頬は真っ赤で。
「早く!」
手を引くナルトに、ほとんど前のめりになりながらカカシは後を追った。
(まぁ、いいか)
時間はあるから。おいおい聞き出せばいい。聞き出さなくとも、さっきの表情で何となくその内容を予測した。
「可愛いな」
「ん? 何か言ったってば?」
夕日にオレンジ色の影をつくりながら、ナルトが弾むように駆けていく。
成長した少年は、もうほとんどカカシと体格は変わらないのに、まだこんなにも無垢な部分を残していて。
見れば思わず頬が緩んでしまうくらいに愛しく思えることが、声を上げて誰かに感謝を伝えたいほどに幸せだ。
「あ、先生、顔、赤いってば!」
振り向いて、ナルトが白い歯を見せる。
「夕日でしょ」
答えると、ナルトも自分がオレンジ色だと喜色を浮かべた。
「一緒だってば!」
広げられた掌が、目の前へとかざされる。カカシはその手をそっととると、口元へと持っていった。
「……先生……」
夕日のせいで、ナルトが赤くなっているのか、影が出来ているだけなのか分からない。けれど。
「何か……おれ、このままラーメン食べに行っても、きっと味なんか分かんないってば……」
消え入るような声で俯くナルトに、それは同感だと、カカシも思う。
「帰ろっか。部屋で一緒に食べよ」
カカシの笑みに、ナルトも大きく頷いた。
それはいつもの帰り道。跳ねるように歩くのは、愛しい恋人。
結局今日も、一緒に外食できなかったねと、ベッドの中で二人笑いあうのだ。