□「赤い月」−銀の雲−
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勢いよく飛び込んできたその姿に、アスマは『あ〜あ』と片手で顔を覆った。カカシはその様子に苦笑して肩を竦めて見せる。
イノだ。イノは飛び込んできた勢いとは裏腹に、落ち着いた様子で『あらカカシ先生も居たの』と笑った。カカシが居ると知っていて来たのだろう。最近逃げ回っているアスマを逃がさぬ為に。

「聞いてよ、カカシさん。アスマ先生ったらひどいのよ?!」

どうやら紅との事らしい。こうして口に出せるという事は、もう吹っ切れているのだろうか。冗談のように笑って見せているが、先の少女の笑みとは違っていた。
何かの思慮の見え隠れする横顔。何かを押し隠した笑み。

(ほら、美人になっていく)

顔の造形ではない。何かを秘めた、張り付いた造りものの笑みではない――。

(――ナルト)

ああ、それでも。ただ1人だけ、例外的にどのような表情もキレイだと思う相手が居る。そんな笑みをさせてでも、傍においておきたいと――……。

(今日は夕方には戻ると伝えてある)

もう、来ているかもしれない。思って、カカシは立ち上がった。

「はいはい。俺は帰るね。もう交代の時間だし」
「おう、そんな時間か。俺も帰るかな」
「アスマちゃんは次の交代でしょ」

音をたてて本を閉じ、カカシはアスマを見下ろす。アスマは慌てたようにそれに続こうとするが。

「お前が帰るなら俺も帰るよ」
「もうっ、アスマ先生、私が一緒に居てあげるから。お仕事でしょ?!」

イノがアスマの腕にとびつき、アスマはバランスを崩した。

「お、お前っ、腕離せ!!」
「や〜だっ」
「じゃ、お先に」
「待て、カカシっ!!」

じゃれている2人を尻目に、カカシは扉を閉めた。何だかんだで、アスマもイノの手を振り解く迄の決意はないらしい。

(嬉しそうな顔しちゃって)

面倒な事になどならねば良いがと思うが、紅も承知の上だろう。――カカシに関係は無い。



部屋への道を歩く。
待たせたくは無いと思うのは、ナルトの為ではない。少しでも長い間、共に過ごす空間を、時間をと思うからだ。――カカシ以外の誰かが、ナルトへと接触して欲しくないからだ。誰にも、ナルトの目を向けさせたくはない。

急ぎ、商店街を通り抜けていたカカシの目が、ふと、ある特定の場所で止まった。新発売のカップラーメンだ。そういえば最近、ナルトから新しいカップラーメンについて聞かない。

(買って行ってやろうか……)

食事を摂っているのか。カカシの所で食事をしたことはないが。目に見えて痩せて行った一時期と比べると、だいぶ体重は戻ってきてはいる様子だが……。

しばらく悩んだ末、カカシは手に持っていたカープラーメンを元の棚へと返した。例えカカシが持って行ったとしても、いつ食べるかわからない。

(その前に……食べないでしょ)

カカシは小さく笑う。自分で言うのもどうかだが、この所、ナルトと食事をした覚えがない。あのナルトの指先は、食事の為ではなく、カカシを誘う為に伸ばされる。
かつて想い人と、手を合わせただけで頬を染めていたのに。その手は、淫乱にカカシを誘う。

(……ひどい……男だね)

上司なんて、もう、言えない。

――そういえば、かつてのナルトの想い人は、現在砂の忍びと良い仲だと噂されているようだ。
『ナルトに振られちゃってシカマル落ち込んでたから。つけ入れられたか、ただ寂しかっただけか……どっちでも、うまくいけば関係ないでしょ』
イノが肩を竦めていた。沈んでいた処、その相手と話でもしたのか。木の葉の里でも何か用事がある度に、2人会っている所を目撃されている。
『でもね、ナルトの様子もおかしいの』
並んでいる2人を見かけたナルトは、その場から慌てて姿を消したという。サクラとイノと3人で居たが、急に用事を思い出したと、突然帰ったらしい。
『な〜んか、妙よねぇ』
恋に貪欲な少女は、他人の家の芝生もきっちりと確認したいらしかった。

「っ……」

最近、時折襲ってくる胃の痛み。刺すようなその痛みは、胃よりももっと深い部分でカカシを責めているかのようにカカシを苦しめる。





――――
2007.12.16.
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