黒
□「赤い月」−銀の雲−
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「ふ……」
自分でも呆れるよと笑いだしたカカシを、シカマルはじっと見ていた。空を見上げていたが、やがて、口を開く。
「……以前、寵姫一人に国を傾けた王が居たと云うが……」
そんなに立派なものか、とカカシは思う。
「……そんなに、何で、欲しくなるんだろう……」
「……シカマル……?」
「……こんなに……俺だって、ナルトが欲しくて……でも、その笑顔を見ていたら……そんなこと、いいって。笑って、俺を見てくれていたらいいって……なのに」
その位置を、カカシが踏みにじり、奪った。最悪の方法だった。ナルトは狂ったように乱れる。カカシを求める。
「……ナルトがこんな事をするなんて、思わなかった。どんなに欲しくても、……考えられなかった。ナルトに性欲なんて、最も関係の無いものだと思っていた」
今、泣きながら眠るナルトを見てカカシは思う。ナルトはカカシの家には泊らない。帰るから、その分の体力を残してあげていた。しかし今日は違う。疲れて眠っても術で疲れをとってあげられると思った。セーブなどきかなかった。大丈夫だと……。
これまでも、ナルトはきっと1人で泣いていたのだろう。カカシには勿論、シカマルにも気付かれないように。過剰なまでのシカマルに対しての反応は、ばれないようにするためだったのか。ばれないように、逃げていたのだろうか。サクラ達と居た時も突然逃げたと言っていた。
それ程に。顔を見れば泣いてしまう程に、ナルトの心は――……。
「……何で、ナルト、泣いてんすか。……こいつ、アンタに懐いてたんじゃないんですか? だから、俺を……」
「……」
カカシに気を使うように、シカマルの前でもカカシを優先していた。シカマルを最大限に意識しながら、カカシを見ていた。
「……今、ここでこいつが目を覚ましたら……、ナルトが目を覚ましたら、どっちの手を取るだろう……」
「……」
シカマルの声は静かだった。カカシがシカマルを見上げる。もう涙は乾いていたが、その眼の淵は赤い。
「……冗談ですよ」
カカシのその眼に、何を思ったのか。睨みつけるようにカカシを見ていたシカマルは、視線を逸らした。
「そんな……試すようなことをしたって、ナルトが苦しむだけだ」
「……」
――恐らく、とカカシは思う。
あの儘ナルトがシカマルと順調に進んでいたら、ナルトはこんなに哀しい顔をしなくて済んだはずだ。こんなに、泣きながら眠る事も、すっかりやつれてしまう事もなかった筈だ。
やっと最近、体型が戻り始めている。食事が入っている様子だ。それは、カカシの心を少なからず軽くしている。
(……でも、あげられないよ)
この立場を。ナルトを抱ける、唯一の位置を。それは恐怖に結ばれた絆であるのかもしれないけれど。――歪んだ快楽のみの繋がりでしかないかもしれないけれど。
「……お前は、優しいね、シカマル」
「っ!」
シカマルが息を飲んでカカシを見つめる。カカシは小さく笑った。
「俺が手を離したら、間違い無く、ナルトは……」
言いかけて、しかし、口を噤む。こんな事を言っても、意味などない。カカシがナルトの手など離せる筈が無いのだから。
男の脳の方が、一つに執着し易いとどこかの学者が話していたが、せめて理性のきく範囲で執着しておれば良いものを。だからだろうか。心を均衡を崩しやすいのは、男性の方が多いと統計が出ているのは……。
しかしながら、歴史上、重要な地位を担ってきたのは男性の方が多いのだ。だとすれば、ある意味綱手の起用は正解であろうか。
(……俺も、か……)
風が、月にかかった雲をおしのけ、再び新しい雲を乗せていく。
「そろそろ術を解くよ」
ナルトの体力が低下している。サクラも、そろそろ解いていた方が良いだろう。
「――任務中、失礼しました」
シカマルが、頭を下げる。
(本当は、注意しなきゃなんないんだろうね)
任務を邪魔しに来たと見做されても仕方がない。しかし、それはカカシとて同じであろう。
カカシは眠るナルトを見つめる。
(――優しく、出来るだろうか)
ナルトの寝息は、規則的だった。
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2007.12.23.