牡丹

□遠い約束 (5/29〜)
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     第1章





 隠されていることは、追求してはいけない。




 そう教えられたのは随分前のことだったと思う。

 別に気にならなかった。

 それについて。

 その意味について。

 おれはよく理解していなかったんだろうと、今なら分かる。



 ――最後にカカシ先生に会ったのは、いつだっただろう。


『じゃ、またね』


 そう言ってあの朝、普段と変わらない様子でおれの家から出て行った。


『今日からの任務は別行動だねぇ』


 残念そうに笑っていた。

 いつもと、変わらなかった。

 ひとつだけ言えば、いつもよりずっとイイ笑顔をしていたってことだけ。

 そんな、ささやかな幸せだけ、だった。





     ※





 すっぱりと切れた手の甲からは、赤い血が溢れている。ぽたぽたと、足元に血の溜まりが出来ていた。

 しばらくぼんやりと、それを眺めて。

 後ろの木の幹へと寄りかかり、おれは空を仰いだ。

 ここ数日間、こんな怪我ばかりしている。

 故意的なものではなかったけれど、気がつくと、足元に血が滴っていることが多かった。

 どうせすぐに治るから。

 班から離れて治るまでじっと空を見ている。

 どこへ行っていたの、とサクラちゃんが怒るだろう。

 けれど、そんなことさえもどうでも良いと思えた。

 もうほとんど塞がりかけた傷を、おれは引っ張る。

 また、少しだけ皮膚が切れて。

 伝う赤に、おれは眼を閉じた。





     ※





「ああ、おれとサクラとお前。それか、俺の代わりにシカマル。場合によっては、不定でそれにプラスもう一人。しばらくはそれで任務だ」

 二十日前に、アスマ先生がそう言った。

「カカシ先生は?」

 サクラちゃんが別にどうでもいいような口調で聞いていた。

「別任務。そのうち戻るよ」

 アスマ先生も普通に返して。

「なあなあ、今日の任務って何だってば」

 おれも、気にも留めなかった。

 いつものことだから。

 またねって、先生が言ったから。



 まさか二十日以上も何の連絡も無いなんて。



 あの日はこれっぽっちも思わなかったんだ。





     ※





「また、ナルト! どこに行ってたの?」

 戻ると、案の定、サクラちゃんが怖い顔をしていた。そこに心配の色が見えて、おれは少しだけ悪かったと思う。

「まぁいいじゃねーか、居たんだし」

「シカマルっ? 居たんだし、じゃないでしょ! 任務中でしょ、居るのが当たり前なの! おかげでこんな時間じゃない!」

「……ごめんってば……」

「何回目よ!」

 本気で怒るサクラちゃんの言葉は。

 おれが分からないって、そう言っていた。

 数日前から、時折、サクラちゃんが戸惑ったようにおれを見るようになった。

 サクラちゃんは、相手を分かってあげられなかったら、それを自分の中で不安に変える。

 その不安を理性的に処理するには、サクラちゃんはあまりにも真直ぐだから。

 こうやってすぐに怒る。

 心配を、すぐに態度に出すことが出来る。

 一途で純粋で。

 可愛いと、ずっと思っていた。

 それは純粋な初恋だったけれど。



 初恋は実らない。






 ――そう教えてくれたのは、カカシ先生だった。
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