牡丹
□遠い約束 (5/29〜)
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※
崩れ始めた空に、今日は食欲もなくて買い物もせずに家へと向かった。
もう、冷蔵庫も空っぽなのに。
何も食べる気がしなくて、家へ帰っては風呂に入って寝るだけの生活を、ここ数日間続けていた。
家に帰っても何も無い。
どうせなら夜まで任務が延びれば良かったのに。
いや、むしろ……。
『や、ナルト、偶然だね』
家の少し前の門で。
いつも突然現れていたカカシ先生。
もう、二十日も。
会っていない。
毎日現れたカカシ先生に、鬱陶しいって、何回言っただろう。
そのたびに。
『まぁいいじゃないの』
カカシ先生は笑った。そしてまるで自分の家みたいに入ってきた。
本当はおれが喜んでいたの、カカシ先生、きっと知っていたんだ。
だからおれのために、毎日家に来てくれていたんだ。
ねぇ。
カカシ先生が毎日家に来ていたから。
今はひとりのあの部屋が寂しいってば。
※
「……遅かったな」
不意に声をかけられて、おれはぼんやりと顔を上げた。
家の前に、誰が居る。
誰……。
「ナルト」
名を呼ばれて。
「どうしたの、シカマル」
ほとんど条件反射のように、そう返した。
「……暇だったから。お前、もう休む?」
ぼんやりと、動くシカマルの口を見つめる。
何しに来たの。
ああ、遊びに来たんだ。
昔はよく来ていたよね。
いつから来なくなったんだっけ。
ああ、カカシ先生が来るようになってから……。
――カカシ、先生……。
「おい、ナルト?」
シカマルが、おれの顔を覗き込んでる。
ああ、またおれ、ぼんやりしてた。笑わなきゃ。
「……いいよ。もう、ご飯食べた?」
「いや、まだだ。一緒に食う?」
「……おれ……食べてきたから」
嘘だけど。どうせ入らないから。
「何だ、また一楽か?」
「うん、うまいってば」
笑顔。
作らなきゃ。
シカマルは変なところで鋭いから。
大丈夫。おれ、笑えてる。
ちゃんと、笑ってるから。大丈夫。
――シカマルは、少しだけ眉を寄せた。
「そっか……ま、いっか。上がっていいか?」
「うん」
鍵を取り出して玄関を開ける。
シカマルがおれの後ろに立って。
カカシ先生も、よくそうやって、おれが鍵を開けるの、待っていたってばよ。
おれの手が、少し止まって。
おれはカカシ先生のことを振り払うように頭を振った。
もう、寝るだけだから。
カカシ先生のことを考えても仕方ないから。
不意に、シカマルがおれの肩に手を置いた。
「早く入ろうぜ」
何でかおれの方じゃなくて、後ろを向いて、そう呟いたけれど。
そんなこと、もうおれにはどうでも良かった。
※
結局シカマルも何も食べずに。
二人でとりとめのない話をしていた。
本当は何もせずにぼんやりしていたかったけれど。
シカマルに変に思われたくなかったから。
他の人は知らない。
おれとカカシ先生が「そういう仲」だってこと。
毎日のように一緒に寝て、キスして。
おれとカカシ先生がそういうことしているって、おれとカカシ先生以外は知らない。
だから、カカシ先生が居なくなって、心配とかそういう感情ではなく、ただ、会いたくて沈んでいるって、知られたくなかった。
けっこう遅い時間になって。
シカマルは戻って行った。
ちょっと疲れた。
けれど。
ちょっとだけ、楽にもなった気がする。
一人で居たら、カカシ先生のことだけ考えるけれど。
他人が居たら、一割くらいはそのこと考えるから。
だから、楽になったのかな。
風呂に入っていないことを思い出して。
おれはシャワーで軽く身体を洗っただけでベッドへと入った。
やっぱり何も食べる気にはならなかった。