□糸の端
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♯1






夜の飲み屋街は、客引きの声で賑わっていた。
酔っ払いの楽しそうな高笑いがあちこちで聞こえる。
アルコールと、混じり合った香水の臭い。
上品とも下品ともとれる。
どこか淫猥ささえ感じさせる、金の臭いだ。

「カカシさん、どうですか、飲んでいきませんか」

俺の歩く方向に合わせて回り込むように客引きが寄ってくる。
媚びへつらった様な笑み。
最近は、強引な押し付けの客引きも居る事を考えれば、まだ今夜の彼は、穏やかなタイプにも思う。



(どちらにしろ、好ましくはない、がね)



「いや、やめておくよ」

飲むならば、もう少し静かな場所の方がいい。

あからさまに誘っている風情で、店の前に立っている女性達の視線に辟易(へきえき)する思いだ。

「そうですか?可愛い子が入りまして……」
「……いや、けっこう」
「あちらの、ほら、こっちを見ているでしょう、あの娘が……」
「……」

そう、笑って来た男に一瞥をくれ、俺はその場から姿をくらました。

「あーっ、もう、また逃げられたっ」

眼下で上がる声。
降り立った屋根の下で、先ほどの客引きが騒いでいる。

そんな声も、周囲の酔っ払いや女性の甲高い声にかき消されているが。



(……鬱陶しいね)



しかし、そんな負の感情をいだく時ですら、自然と顔は笑みを作っている。

嫌悪を表に出さない。

長年培われた、人と衝突しない為の防衛本能だ。



ひとつ通りを入ると、途端に客通りは少なくなる。

目についた一軒の飲み屋に入った。
席は15席ほど。
カウンターに6席あった。
数人の客が1人、もしくは2人で飲んでいる。

カウンターの1番端に座ると、おしぼりとお通しを出された。

「……生ビールを。それと、冷奴」

家で誰かが待っているわけではない。

任務以外、時間に縛られている訳では無い。

外で適当に食事を済ませて帰る。

それが、最近の俺の日課だった。



そして。



「隣、いいですか」

ふわりと甘い香水の匂いが漂う。

「……どうぞ」

微笑みで返す。

適当な相手と酒を飲む。
それもまた、俺の最近の日課となっていた。

どこかで俺の情報でも売られているのか。
そう思ってしまうくらい、毎晩の相手には事欠かなかった。



1時間ほど2人で飲み、帰ろうかと席を立った時。

「この後、どうですか」

程よく酔いがまわっているのであろう、その女性は、俺の腕をとると、床の相手をと誘ってきた。

いつもの事だ。

微笑み、応と返事を見せる。

静かに交わされる合図。

「いいよ、俺が払う」
「ありがとうございます」

財布を取り出した女性を軽く制し、先に出ておくよう促す。

「……お待たせ」

勘定を済ませ、2人歩こうとした時だった。



「カカシ先生っ!」



呼ばれる声。

気配は、突然現れた訳では無かった。



(俺を、つけていたね)



そして、よく知った気配。

俺が食事が終わるのを待っていたのか。

小一時間は経っていた。



ゆっくりと、振り返る。













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2013.8.28.
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