藍
□I hurts
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最近カカシの姿を見ないとナルトが感じたのは、ナルト自身の生活が充分すぎるほどに忙しく、充実している所為もあったのだろう。
かつての対戦の爪痕も、もう、人々の記憶の糧へと変わりだしてきていた。
平和とは、波風が立って初めて強く意識されるのか。
最近は、「平和になったね」と言う者も少なくなってきている。
それだけ、平和という時間が続いているという事なのだろう。
アカデミーに呼ばれ、依頼された時間を生徒達と過ごした後、職員室でお茶をしながら、自身のアカデミー時代を振り返る。
そのちょっとした合間に、ふとカカシの事を思い出した。
初めて会った時は、ナルトが仕掛けた罠に掛かり、どんな忍びかと思っていた。
しかし、そのイメージが全く変わったのは、ナルト自身もそれだけカカシと時を過ごして来たという事だろう。
軽口を叩きながらも、自分を見つめ続け、育て、支えてくれた存在。
それは間違いなく、今のナルトを構成する一部になっていた。
(久しぶりに、カカシ先生に会いてぇなぁ)
その相手に会いたいと思うのは、やはりかつてのように甘えたいと感じるからなのだろう。
どれだけ時が経とうと、立場が変わろうと、師は師に変わりない。
「たまには直接仕事貰いに行くかな」
火影の建物へと向かおうとした足を止める。
「やっぱり、夜にカカシ先生の家に行こう」
久し振りにゆっくりと話がしたい。
カカシが火影に就任して、まともに話をしていない。
それに、報告したい事もあった。
「俺が父親になるって言ったら、カカシ先生、びっくりするだろうな」
まだ男女どちらかは分からないが。
頬を染めて伝えて来たヒナタを、抱き締めたのが数日前。
幼少より抱いて来た家族のイメージは、ナルトの想像以上に、ナルトを優しく包んでいる。
「お、居る居る」
カカシの部屋の明かりを確認して、ナルトは軽い足取りで階段を駆け上がった。
部屋に最後に行ったのはいつだったか。
大分昔に数回行ったが、それからもう随分経っている気がした。
「せんせー」
インターホンを押しながら声を掛けると、ややして扉が開いた。
「はい」
「先生、久し振りだってばよっ!」
「っ――!」
開いた扉の向こうで、カカシは信じられないものを見たかのように、大きく目を開いている。
サプライズが成功したと、ナルトは持っていた袋をカカシの目の前へと突き出した。
「これ、お土産。一緒に食おうってばよ」
カカシの酒のつまみになりそうな物を選んで買って来た。
「俺のも買って来た」
「……」
「先生?」
カカシは、今だ時が止まったかのようにナルトを見ている。
「先生、聞こえてるか〜?」
カカシの顔の前で手をひらひらとさせ、ジュースとお茶を見せると、やっと、カカシが頷いた。
「――ナルト、久し振りだね」
かつて自分を支えてくれた人の口元には、かつてと同じ微笑みが浮かんでいる。
優しく細められた眼は、以前と同じように、慈愛が満ちていた。
――しかし。
(……カカシ先生?)
小さな違和感が、ナルトを襲う。
「先生……」
それが、その容姿にと気が付くまで、そう時間は必要なかった。
「先生、痩せた?」
「んー? そうかな」
首の後ろを掻く癖は変わっていない。
「もう現役退いてるみたいなものだからね、あんまり身体鍛えてないから、筋肉が痩せたのかも」
「そうだってば? 火影っても、デスクワークだけじゃねぇだろ?」
ひと回りすっきりしている以外は、以前と変わらない。
優しい微笑みもそのままだ。
「おいで」
「うんってばよ」
ナルトが靴を脱いで部屋に上がると、カカシは苦笑してナルトの靴を揃えた。
「先生、そういうとこ、変わってないってばね。任務先とかでも、いつも俺の靴並べてた」
「お前が無頓着すぎるの。お前のそういうとこも好きなんだけどね」
「またぁ〜」
昔から、何かにつけてカカシは「好き」という言葉を口にする。
それはナルトにだけではなく、サクラへの言葉であったり、仲間へであったりして、ヤマトに勘弁してくれと溜め息を付かせた事もしばしばだった。
カカシなりのシンプルな愛情表現なのだろう。
それを好ましく、ナルトは受け入れている。
カカシはグラスを2つ用意した。
「夕飯は? まだ時間あるけど」
「いや、飯は帰ってから食べるから、お茶かなんかでいいってばよ。夕飯は遅くなっても家で食べるって言って来た」
「……。……氷要る?」
「あ、うん、ありがと」
頷いたナルトに背を向けて、冷凍庫を開けたカカシの目に、一瞬陰りが浮かんだ。
揺らめいて、そこから一切の光が消える。
氷を映す瞳こそ、一瞬氷を連想させるものだったが。
しかし、ナルトを振り返る頃には、カカシの目からそれは消えていてた。
元の微笑みの影に、ナルトにその変化を感じさせる事は無かった。
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2015.2.25.