牡丹

□短編集
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「お前、何度言えば分るの」

目の前のきれいな顔は、強い怒りを滲ませていた。
済んだ目に、俺が映る。

「俺はお前の事が好きで、お前を裏切ることは無いよ」

何度も言われた言葉。
何度も確認したこと。
それでも。

「……この不安は、どうしようもないってばよ」

求められることには慣れているけれど、愛され、受け止められる事には慣れてなくて。
カカシ先生が、俺の耳に優しい言葉を囁く度に、俺は不安が募って行く。
それが顔に出て、カカシ先生はその度に、傷ついた顔をした。
そして、徐々に怒りの色を濃くし始める。
堂々巡り。
カカシ先生が言葉をくれるだけ、俺はカカシ先生を傷つける。
けれども。

(離れたくない)

甘い言葉は、決して心地いいだけのものではないけれど。
不安になりながらも、カカシ先生が好きでたまらなくて。

(いつから……)

カカシ先生の心からの笑みを見ていないだろう。
自然に向けられていた笑顔が、今はぎこちなくて。
苦しそうで。
離れた方がいいのかと思う。
だけど、離れたくない。
俺を抱き締める腕を、離したくない。
疑い深くなるのは、それだけ必要としているからだ。
裏切られたくない保身が、もしもの時の事を考えて、勝手に防御の体勢に入る。
もし、裏切られても、傷つかないように。
心から寄り添わないように、自ら壁を作る。
それでも。
そうしながらも、言葉は欲しくて。
傷つかないだけの証拠が欲しくて。
俺は何度も不安を口にする。
その度に、カカシ先生が俺の欲しい言葉をくれるかを確認する。
カカシ先生が苛々するくらいに。
何度も俺への好意を求める。

「先生……」

その度に俺は泣きそうになって。
カカシ先生にしがみ付く指は、白く色を無くして。
震えて。
カカシ先生が抱きしめ返すのにほっとする。
その瞬間だけ、救われたような気になる。

「……」

ふと、カカシ先生がため息をついた。
俺はびくりと肩が揺れる。
もしかして、と思う。
俺の行動に呆れて、カカシ先生がついに俺から離れていくのかと。

「……ナルト」

カカシ先生の言葉は静かだった。
先ほど滲んでいた怒りは、消えていた。

「お前がこれ以上怖がるといけないから……いよいよ、俺と別れる時の事を色濃く考えさせてしまうだろうから、これ以上踏み出せなかったが……」

カカシ先生の、俺を抱き締める腕が強くなる。

「……これから、うちに来なさい」
「え?」

これまでも、カカシ先生の部屋に行った事はあった。
けれど。
こうして確認された事は無くて。

「……抱いて、いいか」
「っ……」

身体を押し、カカシ先生の顔を見上げる。
カカシ先生は微笑んでいた。
けれどもその笑みは、苦しそうな表情の延長で。

「お前がこれ以上俺に近寄る事を恐れている事は分かっている。だから、不安を煽らないようにと思っていたが……」

カカシ先生は、そっと、小さく俺の唇にキスをした。

「もっと、俺に執着していい。今以上に、俺を好きになっていい。お前を愛している」
「あ……」
「不安は愛情の裏返しだ。俺は……お前が不安を見せる度に、どこかで喜んでいる。お前がそれほどまでに、俺を……」
「……好き、だってばよ」

泣きたいくらいに。
好きすぎて、おかしくなりそうなくらいに。
カカシ先生は、また、小さく苦笑した。

「……それで、お前の不安な顔を見て安心する自分に嫌気がさす。自分に、苛々する」
「え……?」

カカシ先生は、俺が不安を口にする度に、傷ついた顔をして、苛々した。

「俺に、怒っているんじゃないってば?」
「……どうして?」

カカシ先生は目を細めた。
それは、久しぶりに見た、カカシ先生の優しい表情だった。

「お前の行動に怒った事は無いよ。お前の全てが、愛しい」
「……」
「離れられないのは俺の方だ。お前が俺以外を見るなんて、考えられない。そんな事をすれば、きっとお前にひどいことをする。お前を引き止める為に、全意識を集中させる。そして、お前が離れれば……」

小さな声で、カカシ先生は物騒な言葉を口にした。
怖い言葉なのに。
その声は優しくて。
俺を安心させる為の、甘い嘘だと分かるけれど。
本当に、そうして欲しいと思った。
カカシ先生から離れていく俺なんて、もう、俺じゃない。
俺じゃない俺は、消えてしまっていい。

「先生の部屋に、連れて行って」

小さく呟けば、カカシ先生の腕に力が入った。









『たしかなことは』
――――
2014.6.16.
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