牡丹

□短編集
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そっと触れられたキスは優しかった。
抱き締める腕も優しかった。
言葉を貰った訳ではなかったけれど、自分が好かれていると感じた。
一度きりのキスでも、嬉しかった。

それなのに。
あれからカカシ先生は俺に触れてこなくて。
態度はいつもと変わらないけれど、それ以上の事が無くて。
自分から言い出すのも躊躇われて考えていた。



夕暮れを少し過ぎた頃、買い物から帰る道。
カカシ先生の事を考えていたら、カカシ先生の気配がした。
瞬間的に自分の気配を消したのは、気配がカカシ先生だけではなかったから。
そっと物陰に隠れて近づいた。
見てはいけないと、自分の中の何かが警告した。
不安が大きくなると、警鐘は鳴ったのに。

「!」

カカシ先生が、居た。
女性と。
カカシ先生の腕は、女性を抱き留めていた。

喉がカラカラだった。
帰り道を覚えていない。
どうやって部屋へと戻ったかわからないのに、涙はしっかりと頬を伝っていた。

キスされた事が夢だったのかと思う。
優しく自分を抱き締めた体温も、自分が求める幻想だったのかと。
考えてみればそうだろう。
自分とあの女性と比べてみれば、自分の遜色が分るというものだ。
カカシ先生にしてみれば、俺へのキスなんてほんの気まぐれだったのだろう。
辛うじて嗚咽をこらえた時。



「……お前ね、あんなに不自然に気配を突然絶ったら、誰だって警戒するでしょ」
「っ……」



顔を上げて、一瞬、状況が分らなかった。
カカシ先生の足。
それから、顔まで。
ゆっくりと視線が追った。

「何で……」

カカシ先生へのその問いかけは、色々な意味が込められていた。
何故自分にキスしたのか。
何故あれから触れてこないのか。
何故あの人を抱いていたのか。
何故ここにいるのか。
何故……そんなに優しい目をしているのか。

「お前……」

カカシ先生が俺の前に膝をつく。
そして、俺の目を覗きこんだ。

「俺にキスされて、嫌じゃなかった?」
「……」

俺は首を横に振る。

「俺に抱き締められて、嫌じゃなかった?」
「……嫌じゃなかった」

答えると、カカシ先生は小さく息を吐いた。
その行為にどきりとする。
カカシ先生は嫌だったのだろうか。
ならば何故、そんな事をしたのか。
また涙が出そうになって、顔をこする。
不意に、その手が掴まれた。
反射的に顔を上げたのと、同時だった。
カカシ先生からのキス。
近い距離で、カカシ先生は顔を離した。
見つめられる目が、細められる。

「後悔、したんだ」
「え……」

キスの後に、そんな事を言うのか。
再び不安が押し寄せそうになったのに。
カカシ先生は微笑んだ。

「お前の気持ちも聞かずに、キスをした」
「俺の気持ちって……」

知っていたんじゃないの。
分っていて、キスしたんじゃないの。

「俺が止められなかった。それを、後悔した。お前に嫌われたんじゃないかと、勝手に思っていた」

カカシ先生はまた微笑んだ。
今度は少し困ったように。

「……お前が好きだよ」
「! でも……」

さっきのあの女性は。
誰。
何で。

「彼女は通りすがり。こけそうになっていたのを支えただけだよ」
「嘘、だってばよ」
「本当だよ」

そんな事、と思うけれど。
カカシ先生の目は優しくて。

「でも、そうして良かった」

カカシ先生の体温。
匂い。
抱き締める腕は、あの時と同じように優しかった。

「お前の気持ちが分った。……嬉しい」
「……先生」

もしかしたら、カカシ先生は俺が居るのが分って、あの人を抱き留めたんじゃないだろうか。
俺に見せる為に。
俺の反応を見る為に。

ふと浮かんだその考えは、俺を喜ばせた。

「良かった」
「え?」

体を離して、カカシ先生は俺を見た。

「お前が笑うと、俺も嬉しい」

俺、笑っていたんだ。
嬉しくて。
それを見て、カカシ先生も嬉しいって。

「……俺も、カカシ先生が好きだってば」

伝えると、カカシ先生は嬉しそうに笑った。
本当に、嬉しそうに。
本当だ、と思う。
カカシ先生の嬉しそうな顔。
俺も嬉しい。

「先生……もう、女の人、抱いたりしないで」
「……しないよ」

低く囁かれた言葉に、やっぱりカカシ先生はわざとあの人を抱き留めたんだって思ったけれど。
そんな事はどうでもいいと思った。

カカシ先生が好き。
カカシ先生も俺を想ってくれてる。
それだけでいいと思った。








『愛しい気持ち』
――――
2014.7.14.
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