短編
□それはまだ「無題」。
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ドンッ!
思い切り机を叩いたらリビングでソファ―に座っていた涼太がびくりと肩を揺らしてこちらを向いた。
「……どうしたんッスか?詩杏っち?」
結婚しても学生のころと変わらない呼び名。いい加減恥ずかしいと言っているのに、辞めてくれない。
「……書けないの。」
そう、そんなことよりも今の一大事はこれだ。何も浮かばないし書けないのだ。
「はぁ?」
彼はモデルらしからぬ間抜けな声を出した。あっと、どちらかと言えばバスケの方が彼にとって主なんだけれども。これもまぁおいておいて。
「だ―か―ら―。何にも思い付かないし、書けないの!」
一応私の職業は作家。パソコンと睨めっこしてかなりの時間が経つけれども、何一つ思い付かない。今まで経験したことのないスランプというやつに苛々が込み上げて来る。
「相当煮詰まってるみたいッスね。紅茶でも入れるっすよ」
ごめん、と小さく言ったら優しく微笑んでくれてたったそれだけなのに少し落ち着いた。
立ち上がりキッチンへと行った涼太は直ぐに良い香りのするカップを持って戻ってきた。カタンと音がして机に紅茶が置かれる。
置いた主は私の後ろへと周り私の肩に腕を伸ばし首に回すとぎゅっとくっついてきた。
真っ白な画面を見て「本当に真っ白。」と笑われたのでちょっとムカついて「涼太のばか」って返したらまた笑われた。
「まぁ、書けなくても詩杏っち位俺が養えるよ?」
「わかってるよ、でも書きたいの。」
ん―、と唸る彼がいきなり「あ、」と呟いた
「俺良いこと思い付いたッスよ?」
「なぁに?」
首を右に少し捻って涼太の顔を見る、やっぱ整ってるな―。
「俺と詩杏の甘い甘い恋物語を連載にするとか。」
同じく首を右に倒した涼太が唇を重ねた。
【それはまだ無題】